思考をタイムスリップさせ、遠い未来を自分ごとに。社会の仕組みを変えるための、フューチャー・デザイン実践。
「SDGs」や「サスティナビリティ」という言葉が社会にあふれている現在。各国で規制が厳しくなり、持続可能なエネルギー生産技術の研究なども進んでいる。ヨーロッパなどと比較すると後進国とされてきた日本でも近年環境意識が変化し、社会制度や人々の行動が少しずつ変わってきていることを感じている人も多いだろう。しかし実際のところ、地球環境は悪化の一途を辿っている1。世界中の知識や技術を集めても、状況が改善していないのはなぜなのか。持続可能社会を本気で実現するために、規制強化や技術革新、行動の変容以外のアプローチも模索するべきなのではないか。
そういった問題意識から生みだされたのが、大阪大学大学院工学研究科 原教授らが研究・実践する「フューチャー・デザイン」だ。フューチャー・デザインとはどういったもので、どんな可能性を秘めた挑戦なのか。原教授の元を尋ね、詳しく話を聞いた。
長期課題の解決を妨げるのは、将来世代を考慮できない社会の仕組みと人が持つ特性。
持続可能性という言葉からも分かるように、地球環境問題は今生きている世代で完結することのない「長期課題」だ。現代を生きる我々が過去の資源や化石燃料の消費、環境汚染の影響を受けているのと同様に、今私たちが決定すること、起こしていくアクションはまだ見ぬ将来世代へと必ず波及していく。まさに世代をまたぐ問題だ。一方で、現代の社会の仕組みは、課題解決の重要なステークホルダーであるはずの将来世代の利益や意見を取り込むこととはできない。また人は特性として「世代を超えて未来に広がる影響」を考慮することが苦手とされている。将来世代を考慮できない社会の仕組みに加えて、こういった人類の特性が、地球環境問題を含む長期課題を解決できない根本的な原因のひとつになっている、と原教授は語る。
「人には、将来起こりうる好ましくない出来事について過少評価する、楽観バイアスがあるそうです2。未来の地球温暖化を想定しても『誰かがいつか、なんとかしてくれるだろう』と楽観的に考えてしまう性質を、我々は持っているんですね。そして、私たちが依存している社会システムも、遠い将来世代のことを考慮する仕組みになっていません」と原教授。長期課題を考えるにあたってこの仕組みがどう問題になってくるのかは、社会システムのひとつである「市場」を例にとると分かりやすい。市場では何かを売りたい人、買いたい人が相対して費用や保証について交渉し、お互いが納得できる落とし所を見つけていく。そのとき、ここで意思決定されたことが、数十年後、数百年後の世代にどのような影響を与えるのかを考える人はいないだろう。なぜなら「将来はこうなるだろうから、自分たちはこうしてほしい」という要望を述べる将来世代が、交渉の場に存在していないからだ。
気候変動問題など長期課題の背景には、現世代と将来世代の利害対立、トレードオフが存在する。将来のことを気にせずレアメタルや化石燃料を使えば現世代は豊かに暮らせるが、将来世代にとっては不利になる。逆に将来のことを考えて節約すると、現世代がなにかしらの我慢を強いられることになる。こういった背景があるため、私たちは交渉の場にいない将来世代のデメリットをついつい無視してしまう。いくら持続可能性を大事にしようと意識したとしても、それはあくまで現世代の住人が「未来のこと」として想像する範疇にとどまる。将来世代の利益を取り込めない現行の制度や社会システムを前提としている限り、気候変動問題など世代間の利害対立を含む課題を解決することは困難、というのが原教授の見立てだ。
真の持続可能社会を実現する一歩として、「仮想の未来人」を交渉の場に招待する。
人口問題や水・食料問題、資源・エネルギー問題、インフラの維持管理など、世代をまたぐ長期課題は多岐にわたり、そのどれもが現行の意思決定プロセスや、社会システムといった仕組みの下では解決に導けない可能性がある。であれば、仕組みそのものを変える必要がある。この発想を理論化、実践・実証していくことをめざし、原教授らは2012年に大阪大学環境イノベーションデザインセンター(当時)内に研究会「七世代ビジョンプロジェクト」を設置した。
「七世代というキーワードは、アメリカのイロコイ族が持っていたされている『重要な意思決定をするとき、その影響を7世代先まで慎重に考慮しなければならない』という考え方に倣ったもの。研究会では、世代をまたぐ長期的な思考を可能にする社会の仕組みや社会システムのあり方についてメンバーと共に検討していました。実践などを通して有用性が見えてきたのが、意思決定の場に『仮想将来世代』を導入するという手段です」と原教授は当時を振り返る。
仮想将来世代とは、その名の通り将来世代の意見を代弁する存在。人が他者になりきる力を使い、将来の社会に生きる人、すなわち「未来人」として思考をする。将来世代の視点を取り、その視点から現在の意思決定を考察するための仕組みだ。具体的には政策や制度を設計する意思決定プロセスにおいて、仮想将来世代はあたかも未来社会を生きる人としてアイディアを出し、決定事項のメリット・デメリットを未来人として検討する。例えば「5年後のまちづくり」について話し合う場があったとしよう。フューチャー・デザインにおいては、話し合いに参加するメンバーを「2024年現在から5年後の未来として2029年を思考する現世代グループA」と、「2050年を生きながら2029年を過去のこととして回顧的に思考する仮想将来世代グループB」に分けて議論を行う。そして双方が交渉・合意形成を行う。これによって仮想的にではあるが、意思決定を行う交渉の場に本来存在し得なかった将来世代を登場させるわけだ。原教授らはいくつかの実践を通して仮想将来世代導入の有用性を研究・立証。2021年には活動組織を工学研究科テクノアリーナ最先端研究拠点部門「フューチャー・デザイン革新拠点」に発展させ、社会科学系も含めた多様な専門分野の研究者らと共に、幅広い分野の意思決定プロセスにおける仮想将来世代導入、フューチャー・デザインの実践に取り組んでいる。
仮想将来世代思考が、人の視座を変え、独創性を高める。
仮想将来世代を取り入れることで、我々の思考や意思決定にどのような変化が起こるのだろう。原教授はフューチャー・デザイン実践の第一号となった岩手県矢巾町の例を挙げ、仮想将来世代がアイディアの創出や意思決定に与える影響について説明してくれた。
「矢巾町はそもそも将来を見据えたまちづくりに積極的な町で、水道インフラ維持管理のため町民自らが水道代の値上げを提案するなど、先進的な活動に取り組んできた地域です。将来世代の豊かな生活のために現世代が一定の負担を負うという、難しい一歩をすでに踏み出している矢巾町なら、フューチャー・デザイン実践にも興味を示してくださるのではないかという話になり、大阪大学側からアプローチをして2015年に共同研究の協定を締結。町民の方々が現世代と仮想将来世代グループに分かれ、『2060年をターゲットとした地方創成プラン作成』をテーマとした約6カ月の討議実践を行いました3。その結果、仮想将来世代グループからは現世代グループより独創的な地域創生のアイディアが飛び出してくることが判明。地域資源を活用する姿勢や、複雑で時間のかかる課題に挑戦する態度が鮮明で、より良い将来を実現するためであれば、必要な投資や長期間にわたる取り組みを取り入れる強いインセンティブを持つことがわかってきたんです。」と原教授は話す。
アイディアや姿勢に違いが生まれるポイントは、遠い未来を「客体的」に捉えるか、「主体的」に捉えるかというところにある。現世代にとって2060年はあくまで他人ごと。地方創生のアイディアを出すにしても、介護施設の不足など、既に目の前にある課題解決という観点でしか議論が進まない傾向に陥りがちだ。一方、仮想将来世代は2060年という未来を自分ごととして現在の意思決定や施策を振り返る。これによって、起こりうる課題の解決に向けた投資や新たな施策の提案に積極的になれたり、より夢のある未来を描く柔軟な思考力が生まれたりする可能性があるという。
「それぞれのグループでプランが固まった後、現世代・仮想将来世代グループがペアを組み、それぞれのプランを発表しあっていただいたのですが、そこで起きた議論も興味深いものでした」と原教授は続ける。現世代、仮想将来世代では視点が異なるため、当然出来上がったプランの内容も大きく異なっている。両プランを突き合わせてどちらを採用するかという議論をすることは、つまるところ、双方の落とし所を見つけるための交渉につながっていくわけだ。興味深いのは、現世代が交渉を経て仮想将来世代のアイディアを理解し、意思決定をシフトしていくという点。矢巾町においては、最終案の半数以上が仮想将来世代の提案に基づくものとなったのだという。
この実践を通じて成果を得たのは、大阪大学側だけではない。フューチャー・デザインの有用性を実感した矢巾町では、2019年にフューチャー・デザインを行政活動や政策立案に取り入れるための「未来戦略室」を役場に設置。2023年には同室を「未来戦略課」としてより高次な組織に進化させ、町の総合計画策定にもフューチャー・デザインを応用するなど、この仕組みをまちづくりや行政計画に活用し続けているのだという。そしてフューチャー・デザインの実践は現在、他の自治体や政府機関にも広がっている。「矢巾町のようにフューチャー・デザインをまちづくりに取り入れる姿勢が広がり、ゆくゆくは国単位の行政活動にこの仕組みが生かされるようになることを願っています。将来省のような組織が国の中枢に生まれ、国の大きな方針決定の際に将来世代の利益を考慮した意見が反映されるようになると理想的ですね」と原教授は未来へのビジョンを語ってくれた。
フューチャー・デザインは、テーマレス。まちづくりだけでなく、企業活動にも応用できる。
「フューチャー・デザインや、その手段のひとつである仮想将来世代の導入は、あくまで『仕組み』です。だからこそ、矢巾町で行ったような公共政策分野以外の場面でも広く応用が可能だと考えています」と原教授は意気込む。確かに、世代をまたいだ将来を考えること、持続可能なプランを練ることは、企業活動などにおいても当てはまる。この仮説を実証し、産業界におけるフューチャー・デザインの有用性を示したのが、2019年に行われた総合水エンジニアリング会社であるオルガノ株式会社との共同プロジェクトだ。
プロジェクトは、フューチャー・デザイン実践によってオルガノ社のR&D戦略を考えるというもの。研究開発や経営企画メンバーが参加したディスカッションは約6カ月、6回にわたって行われた。矢巾町でのプロジェクトと異なる点は、同じ人物が現世代・仮想将来世代のどちらの視点も体験できるようにした点。「2050年社会像」「事業戦略」「研究開発テーマの発掘・具体化」を検討し、同じ人物であっても現世代として考える時、仮想将来世代として考える時でどのような変化が起こるかを調査した。
この実践を通して見えてきたのが、フューチャー・デザインによって技術のイノベーションの方向性が変化するということだ。現世代視点で2050年を考えた場合と比べて、仮想将来世代の視点を導入すると、既存にはなかった、独創的で具体的な技術開発ビジョンを描けるようになった。参加者の議論や意思決定情報、参加者へ実施したアンケートの結果などを総合したところ、仮想将来世代として思考したケースでは、将来の技術応用分野やR&D戦略の具体化、自社技術の価値や強みの再定義、新しい(異なる)研究開発要件への気づき、そして自社技術の新たな応用領域の発掘、などの効果が見られた4。フューチャー・デザイン実践を通して、人は技術革新のシーズを持続可能性の観点からより自由に、具体的に見つめることができる。この事実は、フューチャー・デザインが想像を超えるイノベーションのきっかけとなり得る可能性を示している。
フューチャー・デザインに根差した思考が、当たり前となった世の中をめざして。
矢巾町やオルガノ株式会社との事例をはじめ、原研究室やフューチャー・デザイン革新拠点はさまざまな機関・組織と連携し、これまでに数多くの成果を上げてきた5。仮想将来世代の導入により人の近視性や楽観性が補整され、世代をまたいだ未来を自分ごと化できるようになること、企業活動におけるイノベーションの新たな方向性をデザインできることについては前述したとおりだ。しかし、そこに加えて一度仮想将来世代としてふるまった人には未来世代としての視点・思考力が残り続けていく可能性がある、ということも分かってきている。
この結果を受け、原教授は「フューチャー・デザインの考え方や実践を、教育に組み込んでいくことをめざしていきたい」と語る。「大人だけでなく中学生や高校生にも、仮想将来世代として未来の社会のあり方を描く力はあると思います。若いときに仮想将来世代として物事を考えられる思考の型を経験しておけば、その人は人生を通して、ある程度未来を自分ごと化して捉えられるようになるはず。そういった人が増えていけば、各企業、行政組織に将来戦略課や将来省といった組織が設置されれば、そこで活躍するようにもなるでしょう。こうやって未来人の志向や考えが当たり前に考慮される仕組みが社会の中で整えば、地球環境問題をはじめとした長期課題にも、人類は上手に対処できるようになるのではないでしょうか」と原教授は期待を込める。
フューチャー・デザイン革新拠点は、持続可能性の観点からの意思決定や行動を生み出す社会の仕組みを研究するとともに、現在もコラボレーションする組織や自治体の幅を広げ続けている。前述したように、フューチャー・デザイン実践はテーマレスであり、「未来を思考する」という場面で広く活用できる。まちづくりなどの公共政策、企業活動、教育など、実践の現場を広げることで、フューチャー・デザインの研究を深め、理論をさらに進化させていくこと。フューチャー・デザイン実践を通して未来を主体的に捉え、長期的視点からイノベーションを考えられる人を、少しずつ増やしていくこと。それによって社会の仕組みを根本から変え、人が苦手としてきた長期課題の解決に大きな一歩を刻むことが革新拠点の使命だ。この使命を果たすため、原教授のチームは実践や研究に興味を抱く自治体や政府、企業に対して、門戸を広く開放中。これからも仲間を増やし、つながりを広げることで、人類の明日を新たな形で切り拓くミッションに、挑み続けていく。
- Richardson, K et al., Earth beyond six of nine planetary boundaries, Science Advances, 9(37), 2023 ↩︎
- Sharot,T., The optimism bias, Current Biology, 21 (23), R941-R945, 2011 ↩︎
- Hara, K et al., Reconciling intergenerational conflicts with imaginary future generations – Evidence from a participatory deliberation practice in a municipality in Japan, Sustainability Science, 14(6), 1605-1619, 2019 ↩︎
- Hara, K et al., How does Research and Development (R&D) Strategy Shift by Adopting Imaginary Future Generations? – Insights from Future Design Practice in a Water Engineering Company, Futures, 152, 103221, 2023 ↩︎
- 出典:フューチャー・デザイン革新拠点 フューチャー・デザイン実践実例 ↩︎
interviewee: 大阪大学大学院工学研究科 原 圭史郎 教授
Interview / Writing / Photo: Dialogue Staff
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