GaNを制するものが、未来を制する。地球環境と日本経済を好転させ得る、窒化ガリウム結晶の可能性。
加速度的に科学技術が発展し、日々豊かになっていく現代社会。
しかし、人間社会の発展を手放しで喜ぶだけの時代は過ぎ、誰もがその「持続可能性」に対して課題感や不安感を抱くようになった。
「脱炭素」や「SDGs」という言葉は広がっているが、実際のところ、地球環境に未来はあるのだろうか。
私たちの暮らしの土台たる日本経済は、これからどうなっていくのか。
誰もが多かれ少なかれ抱いている、未来への漠然とした不安。
実は、私たちが抱く環境と経済の未来への不安を晴らし、未来を照らす可能性を秘めた物質がある。
それが、大阪大学の森勇介研究室が世界で唯一生み出すことに成功した、高品質で大きな「GaN(窒化ガリウム)結晶」だ。
GaNの結晶を用いた青色発光ダイオード(LED)の開発で名古屋大学の赤﨑勇特別教授、天野浩教授、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授が、2014年にノーベル物理学賞を受賞1したこともあって、LEDという観点から、その名を知っている人も多いだろう。
しかし森勇介教授が挑戦しているのは、LEDの先にあるGaN結晶の可能性。
高品質で大きな結晶化による、新たなパワー半導体の開発だ。
現代におけるものづくりの最も川上に位置し、すべての電子機器に関わるといっても過言ではない半導体。
その原料がシリコンからGaNにとって変わる。
阪大から広がるこの革新が、地球環境に、私たちの未来にどれほどのインパクトを与えるのか、森先生に話を聞いた。
工学の未来を本質的に変えてしまった、GaN結晶の誕生
「GaN技術による脱炭素社会・ライフスタイル先導イノベーション事業」と題し、環境省が主体となってプロジェクトを進める2など、国家レベルで技術革新を推し進めている「GaN(窒化ガリウム)結晶」。ノーベル賞の受賞もさることながら、そもそもなぜ、ここまで世界はGaN結晶に期待を寄せているのだろうか。
窒化ガリウムを結晶化させることで得られる青色光源は、工学的にさまざまなメリットを持つ光線。その理論自体は早い段階で確立されていたため、1930年代からGaN結晶の研究が活発化。技術革新の基点となる素材として、世界中で盛んに研究が行われた。しかし研究は、長きにわたって暗礁に乗り上げる。誰も結晶の作製を実現できなかったのだ。
半導体の原料になっているシリコンなどは、大雑把に言えば、溶かして固めれば結晶になる。だが窒化ガリウムは窒素がガスになって飛んで行ってしまうため、結晶化が難しい。技術開発のスタートラインとなる結晶化が叶わなければ、そもそも研究の展望を描けない。そういった背景から「窒化ガリウムの結晶化」は、一時、世界中の企業や研究者が挑戦することすら諦めた、幻の技術となっていった。
しかし唯一諦めなかった研究者たちがいた。それが名古屋大学の赤﨑勇特別教授(抜粋)が率いるチームだった。赤﨑教授と当時学生であった天野教授らは1500回にわたり実験を繰り返し、1986年にGaN結晶作製に成功。その後1993年に中村修二教授が高輝度青色LEDを開発し、2014年にノーベル賞を受賞した。
この発見に、当時の工学界には激震が走ったという。とうにGaNの結晶化を諦めていた名だたる大企業も、一気に舵を切り替えざるをえなくなった。「それまでは日本のどの企業も、窒化ガリウムに代わる物質で青色発光を実現しようと奮闘していて、それなりの成果も得ていました。でも本質的な技術革新が起こって、世界は一気に変わってしまった」。当時大学院の博士課程の学生としてダイヤモンド半導体の研究に勤しんでいた森教授も、本質的技術革新によって世界が変わっていく様を、肌で感じていたという。
結晶化の成功で見えてきた、GaNパワー半導体実現への道
この高品質GaN結晶の誕生によって、まだ無理だと思われていた「GaNパワー半導体」への期待が一気に高まった。半導体とは、電気を通す「導体」と電気を通さない「絶縁体」との中間の性質を併せ持った物質で、電子機器の内部で電流を「流す」「止める」といった水門のような役割を果たす。現在はシリコンを使ったものが殆どだが、GaN結晶を素材に用いれば熱損失を減らしてエネルギー効率を高めつつ、機器の小型化や通信の高速化などを実現できる3。これはつまり、電子機器の心臓たる半導体をあらゆる面でアップデートできるということだ。しかしここでもまた技術的な壁が立ちはだかる。それがGaN結晶の高品質化、大型化という難問だ。
開発当初のGaN結晶はサイズが小さかったこと、結晶欠陥があったことなどから、半導体の材料としては使用できなかった。森教授はここに目をつけ、1997年からGaN結晶の高品質化、大型化に向けた研究をスタート。パワー半導体の素材として、GaN結晶の可能性を模索し始めた。
しかしGaNは、赤﨑先生、天野先生の成功にも何十年という月日がかかった代物だ。その大型化、高品質化が非常に難しいことは容易に想像できる。実際、森勇介研究室も、現在手掛けている「Naフラックス法」や「OVPE法」といったGaN結晶の育成方法の発見・開発を獲得するまでに、25年以上という歳月を要している。なぜあえて困難な道に飛び込んだのか。森教授は大学院生時代を振り返りながら、こう語る。
「大学院生だった頃、Samsungの研究者と話す機会があり、当時取り組んでいたダイヤモンド半導体の研究内容を説明していたんです。するとその方から『この研究で一番の壁になるのはどこなのか?』と聞かれて。私は自分の行なっていた研究の先にある『結晶化後に行う、伝導制御のN型化が難しいだろう』と答えました。すると『じゃあなぜその研究をしないんだ?君の研究がうまくいったとしても、その先で行き詰まったら、社会実装されないじゃないか』と言われたんです。その言葉に、なるほどなと思って。GaN結晶の高品質化・大型化が簡単ではないことは、当時からわかっていました。でもあえて挑んだのは、そこが社会実装に向けた最大の壁になると分かっていたからなんです」。
「社会実装」を常に視野に入れるという研究開発姿勢は、森教授の研究人生最大のテーマ。そして同時にこの考え方は、「どのような研究者を育成すべきか」「研究者にとってのゴールとはなにか」という、アカデミアの未来を語る上で非常に重要な示唆を、我々に与えてくれる。
育てるべきは、社会実装までの“起承転結”を描ける研究者
森教授の特筆すべき経歴のひとつが、大学発ベンチャーを複数立ち上げている点。2020年にGaN結晶の社会実装を行うことを目的に(株)team GaNを創業したほか、それ以前に開発した波長変換結晶「CsLiB6O10(CLBO)」の製造販売をめざして、2016年にも(株)創晶超光を起業している。
「大学発ベンチャーがうまくいくための法則は、なにより“買い手がいること”です。技術がいくら斬新で素晴らしくても、買い手がつかないと必ず事業は行き詰まる。だから私は、確実なニーズが確認できてからベンチャーを立ち上げるようにしています」と、森教授。当たり前に聞こえるかもしれないが、このポイントを逃したがために運営に失敗するベンチャーが多いのだという。
また、大企業が進出してこない市場が小さいニッチな分野でイノベーションを起こすことも重要だ。大企業が挑戦しようとする分野は大資本が必要になる。そのような分野は避けて、小さい市場だが絶対必要な技術で唯一無二の技術を開発し、その一点において突き抜けておく。そうすれば、大きな資本と戦うことなく、常に良い買い手と付き合い続けることができるという。
「社会実装を視野に入れた研究とはつまり、科学技術開発の動向を眺めながら“次はきっと、ここで行き詰まるぞ”というポイントを探し、それを打破するということ。そもそもCLBOにしても、GaN結晶にしても、たまたま目をつけた課題が結晶に関わることであったというだけで、私は結晶成長学の専門家ではありません。だからこそこの分野では御法度とされる方法を取り入れてでも、研究を前に進めてこられたんですが」と森教授は笑う。
教授が現在注力していることのひとつに、後進の育成がある。「優秀な研究者であっても、アカデミア領域で育ってきた人材は、事業化を見据えた動きをとれないことが多い。事業化用の企画書を書いてもらっても、専門的な技術の説明に終始してしまうんです。私はそこを変えていきたい。研究から社会実装至るまで、起承転結のストーリーをもたせて発信し、社会のニーズと技術を紐づけられる人材が育てば、日本のアカデミアと産業とのつながりは強固になり、双方向に高め合っていけるようになるはずです」と森教授は語る。
GaNパワー半導体が可能にするのは、「電力の地産地消」
「研究課題の解決」「社会実装」を常に念頭に置く森教授の長年の研究によって、パワー半導体の新素材としての可能性が見えてきているGaN結晶。世間一般で期待されているようにGaNパワー半導体が広がれば、エネルギー効率の向上による環境負荷軽減や、通信の高速化、機器の小型化などが実現するだろう。国と多数の企業が共同で開発を行なった、電動化技術に適用した未来のコンセプトカー「ALL GaN VEHICLE」4など、すでにGaN結晶の技術を用いた応用研究も次々に誕生している。こういった世間一般に抱かれている期待を超えて、森教授だからこそ見えているGaN結晶の未来があるのか、尋ねてみた。
「GaNパワー半導体の一般化によって、まずEV自動車が増えると予測しています。EVカーが増えれば、蓄電池の製造が盛んに行われ、蓄電池の値段が下がっていく。GaNパワー半導体を搭載した、高性能な蓄電池が一般に普及していくわけですね。それによって、晴れた日に発電した電気をしっかり蓄えて、無駄なく使えるようになる。この“無駄なく”というところがポイントです。今のシリコンを使ったパワー半導体だと、熱損失が大きいため、せっかく電気を貯めても使用する時に1/4ほどのエネルギーが熱になって消えてしまいます。GaNパワー半導体を使って電池で効率よく貯めて、効率よく使う。これが実現すれば電気の自給自足、地産地消がどんな場所でも可能になるんです」と森教授。
電気の地産地消は、脱炭素やSDGsといった、地球規模の環境保全対策として大きな意義を持つ。加えてエネルギー資源に乏しく、一次エネルギー自給率が約10%程度の日本5にとっては、特に大きな光明だ。海外情勢などによって、2010年度から家庭向けで約31%、産業向けで約35%電気料金が上昇している点から考えると、GaNパワー半導体が可能にする新たなエネルギーの作り方・使い方が、日本社会全体、我々の日常生活レベルにまで貢献していくことは間違いなさそうだ。
「半導体」を取り巻く変化を、日本のものづくりの追い風に
ここまで来ると気になるのが、GaNパワー半導体の社会実装がいつになるのか、ということ。「Naフラックス法」や「OVPE法」を用いて、世界で初めて大きく、高品質なGaN結晶を作り出した森教授は、現在すでに量産化に向けて動き始めている。
「GaN結晶を早く、安価に、大量に作ることが、社会実装に向けて超えなければならない次なる壁。高品質な結晶の種さえ提供すれば、量産化できる日本企業との連携が固まってきているので、あと一歩というところですね」と森教授。教授は続けてこう語る。「現在研究室でGaN結晶の作製に使っている機器も、今後連携予定の企業が研究を進めている量産化の機器も、やはりコツコツとトライアンドエラーを繰り返す日本人じゃないと、作れないものなんじゃないかなと私は感じていて。海外の研究者もこぞって開発に乗り出してはいるんですが、絶対に真似できないと、確信しています」。
実は国際的に見ても日本のGaN研究は世界をリードしており、「GaNパワーデバイス」の特許出願数は世界最多となっている6。半導体不足などネガティヴなニュースに目が行きがちだが、半導体受託生産で世界シェアトップを誇るTSMC(台湾積体電路製造)が九州に進出することなども併せて鑑みれば、今、日本のものづくりには大きなチャンスが訪れている、と言えるのではないのだろうか。
「日本人は自分だけが得をするようなビジネス展開が下手、と揶揄されることもありますが、私は“ものづくりの川上”を整備することにおいては、日本人はものすごく優秀でビジネスを独占できるのだと感じていて。海外の企業なんかに話を聞いていると、やはり日本人と仕事をしたいと言ってくれる方も多いです。真面目にコツコツ、高品質なものを作るから。そういったことが得意なのは、日本人の特性であり、その得意を生かせば、元気がないと言われている日本経済も十分復活すると思っています。それこそ半導体は、ものづくりの最も川上に位置するデバイス。現在日本が持っているGaNパワーデバイス研究に関するアドバンテージを守り、発展させ続ける。そこに日本経済が勢いを取り戻す可能性を感じています」。
GaN結晶と、それが広げる「産業のコメ(空気?)」たる半導体の可能性。訪れたチャンスに対して、アカデミアと産業界が手を取り合い、柔軟に、そして適切にコミットしていくことが、地球環境と日本社会の未来を好転していくための、カギを握っている。
- 出典: 文部科学省「平成27年版 科学技術白書 特集1」 ↩︎
- 出典: 環境省「GaN技術による脱炭素社会・ライフスタイル先導イノベーション事業」 ↩︎
- 出典: 環境省「G超高効率GaNパワー・光デバイスの技術開発とその実証」 ↩︎
- 出典: 「ALL GaN VEHICLE」 ↩︎
- 出典: 経済産業省 資源エネルギー省「2022—日本が抱えているエネルギー問題」 ↩︎
- 出典: 経済産業省「令和3年度特許出願技術動向調査の結果について」 ↩︎
Interviewee: 工学研究科 森勇介教授
Interview / Writing / Photo: Dialogue Staff