「交流」が世界を動かす 大阪大学が国際化へ経営機能強化 ―山本ベバリー・アン大阪大学理事・副学長インタビュー
この10~20年を思い返してみてほしい。
社会は大きく変わった。
街中では外国人観光客と頻繁にすれ違う。外国語での案内掲示板や音声アナウンスは、すでに日常の風景に溶け込んでいる。同僚が海外出身だったり、コンビニや飲食店などで外国人の店員さんが接客してくれる場面を珍しいと感じる人も少なくなっただろう。
社会のあらゆる場所で進む国際化。大学もしかりだ。
10年前の2012年には161,848人であった留学生数は、新型コロナウイルス感染症流行前の2019年には過去最高の321,214人を記録。その後、感染症流行に伴う水際対策の強化などを受け減少したものの、昨年は231,146人と、その数は10年前より大きく増加している1。
しかし国際社会では、日本の大学は国際化の取り組みがまだまだだという指摘が多い。
イギリスの民間会社が発表した2023版の世界大学ランキング(World University Rankings)によると、トップ10大学の「国際化」の数値が平均85.23点という高得点を記録した一方で、日本の大学では、東京大学は43.3点、京都大学は40.5点、大阪大学は42.2点と、大きく水をあけられている2。
ここでの「国際化」とは、外国籍留学生比率、外国籍教員比率、国際共同研究の3つの指標から総合的にはじき出された数値だ。
大学では、多様な人材が集い、切磋琢磨する中から新たな価値の創造、発見が生まれる。国籍、性差、年齢などを問わず、さまざまな人の知や価値観が交錯する場として、ダイバーシティの実現は必要不可欠だ。
こうした状況において、各大学は国際分野を強化するべく、さまざまな施策を講じている。
大阪大学は、2023年4月、国際領域に関する経営機能の強化に舵をきった。
国際担当理事を4名配置。国際(教育)の担当理事には、イギリス出身の山本ベバリー・アン 教授(大学院人間科学研究科)が就任した。企業統治に関するガイドライン「コーポレートガバナンス・コード」では、経営層の多様性がうたわれ、外国籍の役員はもはや一般的だ。しかし、国立大学の経営層ではまだ珍しく、旧帝国大学ではおそらく初めてで大きな一歩といえる。
山本ベバリー・アン理事・副学長にこれからの抱負と大阪大学の国際化が社会にもたらす影響について話を聞いた。
——山本理事は今回、「国際(教育)」担当の理事に就任されました。2013年から人間科学研究科の教授として、また、G30プログラム(人間科学部・英語コース)の統括として、多くの学生を指導してこられました。そのご経験も踏まえたうえで、先生の考える、大学の「国際化」とはどういったものなのか、お聞かせいただけますか。
山本理事:大学における「国際化」とは、留学生数などの数値目標の達成ももちろん大事ですが、さまざまな国の学生が実際に交流することで起こる化学反応を増やすということだと考えています。いま、大学にいる学生は3つのグループに分けられます。一般の日本人の学生、海外経験が豊富な日本人の学生、そして留学生です。この3グループの学生たちがひとつのキャンパスにいるというだけでは「国際化」とは言えません。相対的な留学生数を増やすだけでなく、学生たちの交流の場をつくることが大切だと考えています。
特に、これまでの指導経験から、「海外経験が豊富な日本人学生」がキーになると考えています。
——「海外経験が豊富な日本人学生」とは?
山本理事:G30プログラムにも多く在籍している、日本にルーツを持つ海外育ちの学生たちや、海外留学や親の海外赴任などで海外での経験を積んでいる学生たちのことです。日本のことも海外のこともよく知っていて、比較的アクティブな学生が多い印象です。大阪大学内の印象ですが、G30プログラムが始まった13年前と比べて、一般の日本人学生と、彼ら、彼女らとの交流が盛んになっていて、一般の日本人学生がいい刺激を受けているなと感じています。
——「国際化」とは、留学生数などの単なる数値指標だけで測られるものではない、ということでしょうか。
山本理事:そのとおりです。キャンパス内での実際の交流を進めることが大切です。昔と比べると、学生たちの交流はどんどん活発化、多彩化してきています。海外から来日した学生との交流を通して刺激を受け、英語にも自信を持つようになった学生は、自身の世界を大きく広げることができます。本当の国際化をさらに進めていくためにも、授業や課外活動などで交流の場をより多く設けていくことに注力していきたいと考えています。
——実際の交流を進めるうえでは、海外から来た学生さんたちが、まずは大学で不便なく快適に過ごしてもらうことが大切になるのではないかと思います。これまでのご指導経験の中で、彼ら、彼女らが不自由を感じているなと思われた場面はありますか?
山本理事:身近なところでいうと、「食事」に戸惑いを感じる留学生の声をよく聞きます。例えば、ムスリム系の学生やベジタリアンの学生。出されるメニューにどのような食材が使われているのかという情報を得られない、どこでハラル料理やベジタリアン料理が提供されているのかわからない。特に、博士課程の学生は家族を伴って来日していることが多いため、自分の食事だけでなく、家族分の食事をどうするかという点にも頭を悩ませます。学内でハラル料理を提供する食堂もありますし、社会での認知もひろがって、近年はかなり対応が進んでいると感じていますが、まだまだ改善の余地はあると思っています。「食事」というと、本当に小さなことだと思われるかもしれないけれど、実際に日本で、大学で生活する上ではとても大事なことです。すでに大阪大学は素晴らしい教育と研究を行っているわけですから、そのような小さなことから変えていくだけでも、さらに阪大の魅力を向上させ、国際社会に向けたアピールにつながっていきます 。
——なるほど。他にはありますか
山本理事:ほかによく聞くのは、学生の子どもや家族も含めた住環境の問題です。日本での居住先の周囲の人々や、子どもが通う学校が、海外にルーツのある学生や家族連れに慣れていないケースもあり、問題が起こることがあります。寮のキャパシティの問題もありますが、大学としても、留学生とその家族が安心して暮らせるよう、住環境も含めてケアしていくことが必要だと思います。
——日本人はなかなか気づきづらい点ですね。
山本理事:そうかもしれません。日本出身でない私が貢献できると考えているのは、そのような異った視点、異った立場を生かした考え方や意見だと思います。多様性の観点から、良い刺激を与えていければいいと思っています。
わたしはイギリス出身です。イギリスで初めての女性首相・サッチャーが登場したとき、周囲の驚きの反応の多くは「G7に女性が今までいなかったことに初めて気が付いた」というものでした。「女性がいること」に驚いたのではなく、「今まで女性がいなかったこと」に驚いたのです。大学に限らず、社会で「国際化」というものの必要性が叫ばれはじめて久しいですが、国立大学の経営層に外国籍の理事が就任するのはおそらく全国でもまだ2例目で、旧帝国大学では初めてです。「いままでいなかったこと」が不思議に思えますが、その意味でも、今回の就任はやはり大きな一歩になると感じています。
——山本理事はこれから、留学生の受け入れや日本人学生の海外派遣に関わる仕事に携わられるとお聞きしています。留学生の受け入れ数が比較的少ないという現状についてどのようにお考えですか。
山本理事:「正規生の数」というような短期的な数値目標を達成するかが問題ではなく、いかに優秀な研究者に来てもらうか、という質的な部分が課題であると考えています。国費留学生かつ博士後期課程の学生は本当に優秀です。彼ら、彼女らに来てもらうために、大学に存在するいろいろな障壁を取り除く必要があります。
——先ほど例に挙がったような「食事」や「住環境」の問題でしょうか。
山本理事:それももちろんですが、さらに前段階の「大阪大学に来たい」と思ってもらう動機づけの部分からです。具体的には、英語に対応した環境整備が必須です。たとえば、大学の入試手続きは日本語を主体にしたものが多く、サポートは十分とは言えません。近年は手続きのオンライン化が推進され、昔に比べるとずいぶん便利になりました。しかし、言語の壁はいまだに残っています。入試レベルから論文申請にいたるまで、英語を併記することが必要で、これは喫緊の課題であると考えています。
——たしかに、その部分はなかなか対応が追いついていないのが現状です。
山本理事:言語の違いは大きな障壁になります。優秀な学生が大阪大学に入りたいと思っても、まず、入学手続きの段階から言葉の壁につまずいてしまう。これは本人にとってとてもつらいことです。入学したあとも、よくわからない日本語の資料や大量のメールに埋もれてしまいます。
——たしかに勉強や研究に至るまでの諸手続きや日々の生活で、言語の壁を感じるのはかなりつらいことだと思います。
山本理事:大阪大学では、国費外国人留学生に対して、1年間の日本語習得サポートを行っていて、日常生活レベルの日本語は問題なく習得できます。ただ、私が専門としている社会学や教育社会学など、学生の専門分野によっては、実際の研究の場面でより高度な日本語能力が要求される場合があります。そのようなケースでは、ラボや担当教員のサポートでは限界がありますから、大学が公的に日本語習得をサポートできる制度が必要です。
優秀な学生がその能力を十分に発揮するためにも、言語サポートは欠かせません。
——英語の環境整備をさらに進めて、実際の研究現場や実生活でよりよい研究に打ち込んでいただくための日本語の習得サポートも必要であるということですね。
それでは最後に、大阪大学の国際化が今後社会にもたらしていく影響について、山本理事のお考えをお聞かせください。
山本理事:大阪大学の学部学生数は日本の国立大学で最多です。すでに大阪大学の三つのキャンパスでは、多数の短期交換留学生や外国籍の学部生・大学院生が日本人学生と同じ場で勉強し、課外活動に励み、大学外でご飯を食べるなどのあらゆる生活のシーンで空間を同じにしています。日々の様々な場面で学生たちが交流できれば、日本人学生と留学生の視野はさらに広がり、生きた外国語の修得にもつながり、多文化理解も深まります。今よりも多くの留学生たち、日本人学生が交流し、真に国際化したキャンパスで濃密な時間を過ごした阪大生たちが社会に出て活躍することは、日本にとどまらず世界全体にとっても素晴らしいことです。もうすでに、それは実現しつつあります。私はその流れを加速できるように頑張りたいと思います。