~第四回~「未来への対話」問いから見出す、大阪大学の未来 ベインキャピタル・ジャパン会長 百瀬裕規さんに“グローバル経済の視点で読み解く、日本社会と大学の行方”を問う!

People / 人

ブランディングの専門家、またアートディレクターとして、大阪大学のブランド戦略を先導する大阪大学の岡堅太准教授が、現在の産業界に鋭い目線を向けるビジネスパーソンを訪ね、これからの大阪大学のあり方を問う対談シリーズ「未来への対話」。今回は、野村證券、野村総合研究所を経て、現在はベインキャピタル・ジャパン・LLCの会長を務める百瀬裕規さんにインタビューを実施。外資系PEファンドの日本法人会長である百瀬さんならではの視点で、日本・世界経済の動向や、スタートアップを取り巻く環境についてお話しいただきました。

百瀬 裕規 さん

ベインキャピタル・ジャパン・LLC 会長

1985年、大阪大学経済学部を卒業。野村證券専務大阪駐在、野村総合研究所取締役副会長を経て現職。野村證券では東京、大阪で27年間投資銀行業務に従事し、数多くの日本企業のM&A、投資、資金調達案件を手がける。

国際金融市場で続く株価上昇。一方、インフレ持続で日本の強みが弱みに。

百瀬 裕規さん

岡:今日は、大阪大学の卒業生であり、東京・大阪で長年にわたって投資やM&Aに携わってきた百瀬さんにお話を伺うのを楽しみにしておりました。どうぞよろしくお願いします。

百瀬:こちらこそよろしくお願いします。

岡:では初めに、百瀬さんは普段から日本や世界の経済動向を俯瞰しておられるかと思いますが、現在の状況についてご見解をお聞かせいただけますか?

百瀬:まず日本で言うと、2013年から現在まで、つまりアベノミクスの頃からずっと、株価上昇が続いています。私は1985年に野村證券に入社しましたが、これほど長く続くのは初めての経験です。また、世界的にも好況が続いていて、コロナ禍の直前にはピークに近いところまで来ていました。そこにパンデミックが起こって大規模なQE(量的緩和)が実施され、株価がさらに上昇したのです。

岡:コロナ禍以降の流れについてはいかがでしょうか。

百瀬:パンデミックが収束し、株価も落ち着くだろうと思われた頃に、世界で大きな戦争が勃発しました。ロシアのウクライナ侵攻、そしてイスラエルの紛争です。これらの戦争によって、世界的に株価上昇が進みました。本来であれば、もっと早くに景気循環があっても良さそうなところですが、未曽有の状況が続いているという認識です。いつ下がるかは神のみぞ知る。逆に言うと、いつ下がってもおかしくないですね。

岡:なるほど。ではもう少し日本にフォーカスを絞ってお話を伺いたいと思います。日本ではインフレが持続していて、物価高対策についても連日メディアで取り上げられていますが、この状況をどのように見ておられますか。

百瀬:日本のインフレは久しぶりなんですよね。このインフレにおいて、日本の従来の強みが弱みに転じてきていると感じています。

岡:強みが弱みに、というと?

百瀬:日本企業は、含み資産をたくさん持っている会社が多いんですよ。しかし人の流動性が低いため、インフレによるコスト上昇を人件費の抑制で吸収する傾向があります。いわゆる「お家大事」、個人よりも会社が大事という考え方が受け入れられやすく、犠牲になるのが人件費という構図ができています。でもアメリカだと、それでは人が逃げてしまうので、人件費を上げざるを得ないんです。

岡:確かにそうですね。

百瀬:日本でも最低賃金は上がっているものの、それ以外ではあまり上昇が見られない。かつては「一億総中流」と言われた日本社会ですが、今では全体的に豊かではなくなりつつあります。例えば住宅にしても、大企業で働くダブルインカムの夫婦でも、都内で家を買うのは容易ではないですよね。

岡:物価上昇に対して、賃金が追いついていないということですね。

百瀬:個人よりも組織全体の成果を優先する考え方は、日本の強みでもありますが、今はそれが弱みに転じている印象があります。今、日本の強みを生かせているのはドジャースの大谷翔平選手ぐらいじゃないでしょうか。大谷選手は、チームの戦力アップの補強のために、自分の年俸の後払いを申し出ました。この「ドジャースファースト」の精神が、アメリカで称賛されています。アメリカの人たちは基本的に「自分ファースト」ですから、チームを優先した彼の行動が新鮮に受け止められているんだと思います。

岡:なるほど、わかりやすいです。大谷選手の「ドジャースファースト」は、日本の「お家大事」の精神に通ずるものがありますね。百瀬さんは現在、外資系PEファンドの日本法人で会長を務めておられますが、世界から見た日本企業の状況についても、ご意見をお聞かせいただけますか。

百瀬:日本の企業、特に上場企業は、従来の日本型の強みをある程度捨てて、アメリカ型の企業になることを求められているステージだと思います。従来の日本型企業は、「どんなことがあっても潰れない」体制を重視する傾向が強く、実質無借金経営 の状態にある上場企業も多いと言われています。しかしこの強みは、株式市場の仕組みでは弱みになっています。

岡:弱みになっている、というのは?

百瀬:資産を持っていても株価に反映されず、劣後してしまうということです。欧米の人間にとって、会社はビークルに過ぎないため、資産にゆとりを持たせる必要性を全く感じていません。資産があれば売って利益を出し、株主や従業員に配当するという考え方です。会社そのものより事業モデルに価値を見出す。それが株式市場の仕組みなんです。

岡:従来の日本企業のように、含み資産を持っていても意味がない。だから欧米化が求められていると。

百瀬:はい。企業が持つポテンシャルを株価に反映させようという動きの一つが、岸田政権が掲げた経済政策「新しい資本主義」1です。金融庁や経済産業省、東京証券取引所も、この動きを後押ししています。


日本のスタートアップ市場は、まだまだ発展途上。「小さくまとまらない」意識が重要。

岡 堅太准教授

岡:「新しい資本主義」の目玉の一つである「スタートアップ育成5か年計画 2は、2022年11月に策定され、3年が経過しました。しかし小規模なIPOが増える一方で、ユニコーン企業はあまり生まれていないのが現状です。インフレが続く状況は、スタートアップにとって逆風とも言えますが、百瀬さんのご見解はいかがでしょうか?

百瀬:日本のスタートアップ企業の資金調達総額は約8000億円3で、この数年間ほぼ横ばいです。つまり、インフレの影響を受けていないんです。一方、アメリカのスタートアップ資金調達額は2021年には約47兆円でしたが、2024年は約23兆円4なので、インフレの影響で激減しています。

岡:激減したとはいえ、アメリカの資金調達額は日本の25倍以上。桁が違いますね。

百瀬:アメリカのGDPは約30兆ドル、日本は約4兆ドルですから、アメリカのおよそ7分の1ですよね。スタートアップの調達額は25分の1以下ですから、GDP比で考えるともっと増えてもおかしくないはずです。だから日本の場合は、そもそも調達環境がまだ脆弱だと言えるのではないでしょうか。スタートアップ企業も資金の出し手も未成熟であり、両方に改善が必要です。

岡:特にどのあたりが課題だと思われますか?

百瀬:日本人の安全志向が根底にあると思いますね。例えばGAFAをはじめとするアメリカの巨大企業は、成長しても積極的に投資していきます。でも日本の場合は、ある程度成長すると、無借金経営を目指して安定飛行に入る傾向があります。自社のキャッシュフローの範囲内だけでやろうとすると、こぢんまりしてしまうんですよ。これが、日本でユニコーン企業が少ない理由の一つではないでしょうか。

岡:安定を求めるあまり、小さくまとまってしまうということですね。

百瀬:そうです。だから私は、「スタートアップをするんだったら、ちょっとやそっとでまとまろうとするな」と言いたいですね。もしまとまりたかったら、売却して終わりにすればいい。「自分は社長を続けたい。でも安全性を確保したい」と考えるから、小さくまとまってしまうんです。

岡:なるほど。ちなみに、野村證券時代には専務大阪駐在などを務められた百瀬さんですが、大阪・関西圏のスタートアップの特性や強みについては、どのように捉えていらっしゃいますか。

百瀬:大阪の経済規模は、東京の3分の1程度5です。さらにスタートアップに焦点を絞ると、3分の1をはるかに下回るでしょう。先ほど、アメリカと日本を比べて、日本のスタートアップ市場はまだまだ小さいとお話しましたが、さらに規模が小さい関西や大阪となると、特筆すべきものは少ないのが現状だと思います。

岡:そういった現状の中でも、特に関西圏で注目しているセクターなどはありますか?

百瀬:今のところないですね。残念ながら。

岡:ないですか。ここまではっきりおっしゃっていただけると(笑)。御社は2023年に大阪に拠点を構えられましたが、どういった意図があったのでしょうか?

百瀬:関西の上場企業は、ポテンシャルのある会社が多いんです。利益が出ていて資産もある、でも株価は安いという、いわば「割安」な企業が多い。つまり、私どもがバリューアップできる見込みが大きいということです。

岡:それは東京と比べて、PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る企業が多いということですか?

百瀬:それもありますが、そもそも関西だと株式市場で目立たないので、割安で放置されるという面もあるでしょう。いわゆるアクティビストも、東京の企業にまず先に入る傾向がありますから。でもそれも時間の問題で、東京で起きていることは必ず大阪でも起こると思います。


大学・民間・投資家の“三位一体”モデルには、時間軸の見極めが欠かせない。

岡:経団連の「スタートアップ躍進ビジョン」6では、2027年までに起こすべき変化の一つとして「大学を核としたスタートアップエコシステム」が掲げられています。大学・民間・投資家の“三位一体”育成モデルを構築するにあたって、百瀬さんは何が重要だとお考えでしょうか。

百瀬:大学発ベンチャーにおいて、時間軸という視点が欠け落ちているのではないかと思っています。「何もかもすぐ起業すればいい」というものではなく、5年で事業化できるものもあれば、20年以上かかるものもある。シーズに合った時間軸を見極めないといけません。ノーベル生理学・医学賞を受賞された坂口志文先生も、制御性T細胞の存在を提唱してから、研究が軌道に乗って世界に認められるまでに20年以上かかっていますよね。

岡:なるほど。早期の事業化によって、育つはずだったシーズが育たないこともある、ということですね。基礎研究の時間をしっかりと取った上で、タイミングを見極めるべきだと。

百瀬:はい。特に関西は、基礎研究のレベルが非常に高い。ノーベル賞受賞者もすごく多いですよね。

岡:そうですね。そんな関西の中でも、特に大阪大学に期待することはありますか。

百瀬:基礎研究のレベルが高いのに、事業化の目標が小さすぎるのではないかと思います。特定の企業の需要に応えて部品を作るような「下町ロケット方式」では限界があります。もっと広域な社会的インパクトを目指していかないと、会社は大きくなりません。学生の皆さんには、ユニコーン企業と言わず、数十兆円を目指すくらいの心意気で頑張ってもらいたいですね。素晴らしいシーズは持っているわけですから、そこからどうやって価値を実現するのかが問われているのではないでしょうか。

岡:ありがとうございます。学生の皆さんにとって励みになるお言葉だと思います。このDialogueという媒体は、経営者や投資家の方たちも多く読んでくださっているので、その方々にも何かメッセージをいただけますか。

百瀬:先輩方がたくさんいらっしゃる中で、私が言うのもおこがましいですが……。今日は、日本企業がアメリカ化を求められているというお話をしましたが、もちろん日本企業の良さもたくさんあると私は思うんです。大谷選手のようにチーム全体の成果を優先するのも日本の強みですし、例えばサントリーが45年間もの赤字を覆してビール事業を成長させたのも、時間をかけて事業を育てることができる日本企業の強さだと言えるでしょう。だから経営者の皆さんには、そういった日本ならではの価値を高めていくために、一緒に努力しましょうとお伝えしたいですね。個人ファースト、かつ短期間で利益を最大化させるアメリカ型とは異なる、日本ならではの着地点を、企業と投資家が共に作っていけると良いのではないでしょうか。

岡:今日は日本企業や大学発スタートアップについて、これまでにない新たな視点を得ることができました。どうもありがとうございました!


  1. 政府広報オンライン「新しい資本主義の実現に向けて」 ↩︎
  2. 経済産業省「スタートアップ5か年計画」 ↩︎
  3. スピーダ 「スタートアップ調達トレンド2024」 ↩︎
  4. Tracxn 「US Tech – Annual Report – 2024」 ↩︎
  5. 内閣府 経済社会総合研究所 「県民経済計算(平成23年度-令和4年度)」 ↩︎
  6. 日本経済団体連合会「スタートアップ躍進ビジョン」 ↩︎
岡堅太 准教授

Interview:
大阪大学 ブランド戦略本部
岡堅太准教授


Interview / Writing / Photo: Dialogue Staff