~第三回~「未来への対話」問いから見出す、大阪大学の未来 経産省室長に “大学発スタートアップの現在地と未来” を問う!

People / 人

ブランディングの専門家、またアートディレクターとして、大阪大学のブランド戦略を先導する大阪大学の岡堅太准教授が、現在の産業界に鋭い目線を向けるビジネスパーソンを訪ね、これからの大阪大学のあり方を問う対談シリーズ「未来への対話」。今回は、日本のスタートアップの育成・支援を行う経済産業省の「イノベーション・環境局 スタートアップ推進室」の室長である富原早夏さんにインタビューを実施。2022年に策定された「スタートアップ育成5か年計画」の始動から2年近く。日本のスタートアップの現在地と未来はどう映し出されているのか。政策・施策の面から、スタートアップ・エコシステムの強化やイノベーション創出を推進する富原さんならではの視点でお話しいただきました。

富原 早夏 さん

経済産業省 イノベーション・環境局
イノベーション創出新事業推進課
スタートアップ推進室長

2006年経済産業省入省。外国人材政策、産業再生、自然エネルギー、アジアとの経済協力・経済連携交渉、ヘルスケア等の政策を担当した後、2023年7月よりスタートアップ政策を担当する新規事業創造推進室長。東京大学大学院薬学系研究科(MPharm)、米国ノースウェスタン大学ケロッグ校卒(MBA)

スタートアップの数は、この2年で約1.5倍に。大学発スタートアップ数も、過去最高の伸び幅を記録。

岡:この企画は、株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)の郷治さん、株式会社DeNAの南場さんへのインタビューに続いて第3弾目ということで。スタートアップへの支援策や制度を設計しておられる経産省室長の立場から、お話を聞かせていただけるのを楽しみにしておりました。

富原:よろしくお願いします。

岡:はじめに、日本におけるスタートアップの現在地についてお話をうかがいたいと思います。2022年11月に「スタートアップ育成5か年計画」1が策定されて、今は2年近くが経過したところ。計画では、スタートアップの起業数増加と規模の拡大を目標に掲げられていますが、現状や手応えについて教えていただけますか?

富原:スタートアップの数は、この2年で約1.5倍に増えています。かつては16,000社ほどだったのが、現在は25,000社近く。さらに大学発スタートアップに限定してみても、2023年度調査では前年度の3,782社から4,288社に増えており、過去最高の企業数・増加数なんです。大阪大学は、東京大学、慶應義塾大学、京都大学に次ぐ4位です。この中には、大阪大学をはじめとする国立大学発も多くありますが、私立大学や地方の大学からも、キラリと光る企業が多く誕生しています。このようにスタートアップの裾野が広がってきた背景には、スタートアップを生み育てるエコシステムの創出に力を入れていることも影響していると思います。

岡:キラリと光る大学発スタートアップの中で、富原さんが着目しているのはどのような企業でしょうか?

富原:そうですね。本来のポテンシャルと比較して、もっと可能性があるのかなと思っているのは、大学発の技術を活かしたディープテックスタートアップです。

岡:ディープテックに特化した支援策も打ち出されていますが、そのあたりは手応えとしていかがでしょうか?

富原:今、日本においてユニコーン企業(創業10年以内で企業価値が10億ドル以上の未上場スタートアップ企業)の数は8社だという報告が出ています。そのうちディープテックは2社。比較として、アメリカではユニコーン企業のうち6割近くがディープテックなので、日本のディープテックの企業数は少ない印象がありますね。問題意識を持っており、実用化研究開発や量産化実証、海外技術実証に加えて、設備投資や大企業からの調達支援といった事業開発支援も開始する予定です。

良くも悪くも、日本には市場があることが、海外志向を閉ざす一因に。

富原早夏さん

岡:「ユニコーンを100社創出し、スタートアップを10万社創出」。これは、「スタートアップ育成5か年計画」で掲げられている将来的な数値目標ですが、それに対して現在はユニコーン8社となると、実際のところ目標までの道のりはまだまだ遠いと言えそうですね。

富原:そうですね。ユニコーン企業になるためには、グローバル市場へのアクセスが非常に重要な要素。日本からもグローバルに挑戦するスタートアップが増えていますが、世界中の誰もが知る日本発のスタートアップが少ないということには課題意識を抱いています。ただ、日本国内におけるユニコーンの総数が少ないもう一つの大きな要因は、日本は比較的上場しやすい市場があることから、小規模な段階で上場を選択するスタートアップの多さです。実は、上場企業を含んだ時価総額1000億以上の企業数は、未上場時に限定した場合の5倍近く存在します。​

岡:前回の企画で取材させていただいた株式会社DeNAの南場会長も、「世界で大勝ちする企業が少ない」と、富原さんと同じ意見を述べられていました。その原因や背景は何だと考えられますか?

DeNA 南場会長のインタビュー記事はこちら

富原:正にそうなんです。日本は言語の壁があり、マーケットサイズも小さくない、やや「中途半端に」大きい市場とも言えます。多くの起業家が「まずは日本で成功して、それから海外へ」と考えがちです。そのため、チームも日本人中心、言語も日本語とすることが多い。しかし世界の競合スタートアップは、もっと激しい競争の世界で、早いスピードで成長し、グローバルマーケットのシェアを高めていくため、日本で市場を開拓しているうちに、世界では勝てなくなってしまい、さらにはガラパゴスのサービスになりがちです。一部、日本の巨大産業に対するアプローチで、日本だけでも大きくなっていけるスタートアップに、海外のトップ投資家が投資しているケースは、あります。ただ、多くの場合、日本の市場だけでビジョンを描いていると、やはり南場会長がおっしゃるように、世界で大勝ちする企業というのは誕生しづらいのではないでしょうか。

岡:ちなみに、海外のスタートアップはどのようにしてグローバル規模の企業へ成長しているのでしょうか。

富原:例えばシンガポールやイスラエルは国内の市場規模が比較的小さい国で、ビジネスを始める段階からグローバル展開は当たり前の前提です。例えば創薬にしても、最初からアメリカのKOLとつながり、アメリカで臨床試験をしたり。「Born Global」の思考で、最初からグローバル市場を狙っていくことが重要と考えます。

岡:そもそも国内市場がないからこそ、当然のようにグローバル展開していると。富原さんがおっしゃるように、日本は良くも悪くも市場があるからこそ、海外への意識が向きづらいのかもしれません。

日本の技術・知識は世界トップレベル。一方で、エコシステムの多様性に課題あり。

岡:とはいえ、「スタートアップ育成5か年計画」にあるように「日本がアジア最大のスタートアップハブとして世界有数のスタートアップの集積地になることを目指す」ためには、グローバル展開は必須と言えますよね。

富原:そうなんです。参考に、このデータを見てください。

出典:Startup Genome「Global Startup Ecosystem Report 2024 トップ20」2

富原:これは、世界のスタートアップ・エコシステムの現状を分析しているレポートなんです。このデータによれば、東京は10位にランクイン。2023年度版では15位だったので、今年は5つ順位を上げた結果です。このデータには、スタートアップ・エコシステムの成熟度ランキングとともに、パフォーマンス・資金調達活動・経験/人材・グローバルとの接点・知識といった各項目のスコアが掲載されています。東京で最も高いスコアを記録しているのは知識(KNOWLEDGE)。2023年は9点、今年は10点なので、世界的にみても東京を拠点とするスタートアップの知識や技術レベルは非常に高いと言えます。

岡:世界に大勝ちできる強みとも言えますね。

富原:ちなみに、今年はどの項目も7点以上を記録していますが、2023年のデータを見ると1点を出した項目があるんです…。

岡:1点!?

富原:はい。グローバルとの接点(MARKET REACH)が1点だったんです。これはつまり、グローバルとの接点があまりに少ない。言い換えると、エコシステムの多様性が欠けていることを意味しています。先ほどお話ししたように、日本国内の市場で満足している結果が、データにも表れているんですね。

もう一段、遠くまで飛べるスタートアップを創出するために。グローバル展開を多方面からバックアップ。

岡堅太准教授

岡:でも今年は9点という高得点を叩き出しています。この伸び幅、すごいですね!起業家を海外に派遣するプログラム「J-StarX」3の実施や、世界トップレベルのベンチャーキャピタリスト・スタートアップを招いたグローバルイベント「MOMENT2023」4の開催、経済産業省が主催する起業家やスタートアップが活用できるシリコンバレーのビジネス拠点「Japan Innovation Campus」の設置など、日本のスタートアップの海外展開を促す数々の施策が実を結んでいるのだと感じました。

富原:私たちにとって、こうした政策は、有望起業家の「Born Global」なマインドセット育成、実践への足がかりづくりとともに、日本のエコシステムをグローバルに拓かれたものにするためのマーケティング戦略だと考えています。日本のスタートアップエコシステムは、10年前に比べると、「裾野」は拡がっていますが、「高さ」のある成長事例が足りません。次の段階としては、スタートアップだけではなく、投資家や、大学等の支援機関も、「一つ上の層の勝ち筋」を目指して、世界のエコシステムと連結していくことが求められます。世界のインナーサークルに入れるかが肝だと思っています。

岡:日本でも、海外でも、日本発のスタートアップの魅力や実力、可能性に触れてもらう機会を多方面で展開されているんですね。

富原:はい。そうやって、海外の投資家やメンター、アドバイザーたちと、有望スタートアップとの接点を増やすことで、「日本のスタートアップは期待できる」と思うきっかけを作りたいです。そうして、「点」のつながりが、「面」の関係性につながれば、起業家を発掘するために海外から来日する機会が増えたり、世界に羽ばたくための支援をしてくれることにつながると期待しています。

投資先として、起業の拠点として。日本の注目度は右肩上がり。

岡:今まさに、日本のスタートアップや起業家を世界にどんどんアピールしている段階かと思いますが、実際に日本は海外からどう見えているのか気になります。

富原:結論から言うと、日本への注目度は高まっています。米国や欧州、アジアから、世界のトップベンチャーキャピタルや投資家が日本進出を表明しています。また、日本に海外の投資家を呼び込んで、日本のスタートアップの成長に必要なリスクマネーの供給やグローバル展開ノウハウの提供を促進するという取り組みを、産業革新投資機構と中小企業基盤整備機構が行っていますが、相談件数が増えています。また、JETROでも、日本に関心の強い海外投資家の方と日本のスタートアップやベンチャーキャピタルをつなげる取組をしています。海外の投資家にとって、いきなり日本のスタートアップに投資をするのは、ハードルが大きいんですね。なので、まずは日本のファンドや大企業と繋がり、組んで投資するとか。まだ点と点が繋がり始めた段階ではありますが、ゆくゆくはこれが線になって面となり、エコシステムがグローバルに拡充できればと期待しています。あとは、日本で起業したいという海外の方や留学生の方も増えているんです。

岡:今、日本が投資先としても起業する拠点としても、世界から注目が集まってきているんですね。

富原:なので今は、とても重要なタイミング。日本に注目が集まっているからこそ、日本の強みを外に出していかないと。例えば、来年は大阪・関西万博が開催されますよね。その一環として、来年9月17日、18日の2日間、「Global Startup EXPO 2025」5と題して、日本のスタートアップの魅力・価値を世界に発信し、海外からもスタートアップや投資家の呼び込みを目指すカンファレンスを、EXPOメッセ(WASSE)で開催します。これは単発のイベントではなく、連携イベントとともに、「JAPAN INNOVATION WEEK」6として開催します。海外からの来場者に効果的に日本のエコシステムと接点をもってもらう狙いです。ラスベガスのCESやパリのVIVATECHのように、万博のレガシーとして、毎年、世界の実力者たちが日本を行き来するようなサイクルを生み出せたらと考えています。

宝の持ち腐れにならないように。日本の大学・研究機関は“人”を動かせ!

岡:今まさに、世界に向けて日本の宝を披露するベストタイミングだということで、富原さんから見た日本の大学・研究機関のアピールポイントは何でしょうか。また、大学発スタートアップを創出するために、大学はどのようなことをすべきだと考えますか?

富原:先ほどお見せしたデータにあるように、日本のスタートアップの知識・技術は世界トップクラス。大学・研究機関の皆さんには、ぜひナレッジを蓄積するだけでなく、それをいかに社会実装するかという意識をより高めていただけるといいなと思っています。それと、大学発スタートアップを創出するためには人財を研究室にかこっておくのではなく、どんどん外に出すことも効果的だと思います。例えば、大阪大学と大阪大学ベンチャーキャピタルは、最近Berkeley Skydeckという米国バークレー大学のアクセラレーターと、先日連携を発表しました。今でこそ、次々にスタートアップが誕生している大学ですが、7-8年前までは、そのような環境ではなかったそうです。この数年で何が変わったのかと言うと、人の動き。ビジネススクールの学部長の方が、大学全体の副総長になられたタイミング(今は総長)で、教員の評価制度やインセンティブを見直したと聞きました。例えば、研究成果の社会実装やスタートアップ創出に向けて、教授が一時的に研究室を空けることになっても、いつでも研究に戻ってこれるようにテニュアを残しておくなど。また、バークレー発スタートアップに、学生のインターンをどんどん送り込んだり。夏休みの前には、バークレー発スタートアップと学生を繋ぐジョブフェアを、開催しているそうです。

岡:社会実装やスタートアップ創出に向けての、組織の風通しの良さを感じます。インターンシップやジョブフェアも、単に学生とスタートアップを結びつけるだけでなく、学生にとっても起業家精神を育むような人財育成の機会になっていますよね。

富原:はい。バークレー大学は、昨年、世界で最も多くの学部生発スタートアップ1,305社を輩出したようです。自分のモデルケースになるような起業家やスタートアップの側に身を置いたり、仕事を手伝ったりすることは、学生にとって非常に価値ある経験になるはずです。やっぱり一般的には、自分の人生の選択肢を考える上で、自分が想像したもの、知っているものから着想して、キャリアを描きやすいのだと思います。だからこそ、スタートアップとして結果を出している先輩モデルケースと出会う機会がないと、次の世代が育たない。私たちもただただ、起業を促すだけでは無責任だと思っていて。起業を促進しつつ、次のフェーズまで繋ぐエコシステムを構築することが、人財育成の観点では非常に重要だと考えています。文部科学省と連携しながら、自ら行動を起こすための精神を養うアントレプレナーシップ教育を推進しています。

富原:あとは、大学を取り巻くスタートアップ・エコシステムも重要だと思っていて。起業家や創業者が頑張るだけでは駄目なんです。経済産業省では、大学等が有する技術シーズと経営人材のマッチングを支援しておりますが、大阪大学ベンチャーキャピタルは昨年採択されて、CXOの候補人材をプールするとともに、投資先のマッチングに取り組んでいただきました。スタートアップは、フェーズによって人材ニーズが大きく変わっていきますが、例えば大企業や行政で働いていた経験がある方や、フルリモートの会社もあるので産休明けの方など、さまざまな方が活躍する分野だったりするんです。

岡:確かに、スタートアップや起業って、バックオフィス業務に携わっている人からすると他人事のように思えるかもしれません。

富原:実はそうじゃないんです。スタートアップが成熟するにつれ、エンジニアの方も、事業開発の方も、人事、労務、法務、経理といった社外の管理に対応できる人材も、必要です。リクルート社が出されているレポートによると、スタートアップへの転職は、2015年度比で約3倍に増加していますが、特に40歳以上の転職者数の伸びが顕著で、約7倍に増加しています。特に、ミドル・シニア層のエンジニアが持つ先端技術についての豊富な知見・経験は、ディープテック・スタートアップや大学発スタートアップが新技術を生み出し、ビジネスとして展開するために求められていると聞きます。私が室長を務めるこの部署も、事業会社・弁護士・会計士・銀行員・ベンチャーキャピタルなど、多様な知識・経験を持つ方に集まっていただいています。 

岡:スタートアップや起業の主役は、起業家本人だけじゃない。その周りにいる大学職員やスタッフも、スタートアップ創出や成長を加速させていくのに欠かせないメンバーの一人なんですね。その自覚を持つことも、エコシステムの拡充には必要かもしれません。

大学は、知のインフラであり、ネットワークを媒介する存在。

岡:最後に、富原さんから見て大学が持つ社会的役割や可能性について、ご意見をお聞かせいただけますと幸いです。

富原:大学は、知のインフラであり、様々な活動体があるなかで中立的な存在。すべての分野、あらゆる立場の人を繋げられるポジションにあると思います。さらに大学は技術シーズの宝庫。キラリと光る技術の種を発掘して、社会実装の可能性を高める観点で、企業との共同研究などにも積極的に取り組んでいただければと思います。また、研究開発としての高度技術人材、博士人材もさることながら、アントレプレナー教育も含めた幅広い人材育成を大学には期待しています。そして、大阪大学はかなり進んでいますが、経営人材育成、経営者や企業と技術シーズのマッチング、事業戦略等のコンサル、出資といった一貫した支援体制を大学で整備・推進することが求められています。大学としてのコネクションも活用した海外展開支援も、是非検討していただきたいです。

岡:今日は、日本のスタートアップ、とりわけ大学発スタートアップを取り巻く課題についても触れながら、未来に希望の光が差すようなお話を聞かせていただきました。ありがとうございました!

  1. 出典:経済産業省「スタートアップ育成5か年計画↩︎
  2. 出典:Startup Genome「Global Startup Ecosystem Report 2024 トップ20↩︎
  3. 出典:日本貿易進行機構JETRO「J-StarX↩︎
  4. 出典:経済産業省「MOMENT2023↩︎
  5. 出典:近畿経済産業局「Global Startup EXPO 2025↩︎
  6. 出典:JAPAN INNOVATION WEEK ↩︎
岡堅太 准教授

Interview:
大阪大学 ブランド戦略本部
岡堅太准教授


Interview / Writing / Photo: Dialogue Staff