~第二回~「未来への対話」問いから見出す、大阪大学の未来 “DeNA会長 南場智子さん” に “大学の社会的役割” を問う!

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ブランディングの専門家、またアートディレクターとして、大阪大学のブランド戦略を先導する大阪大学の岡堅太准教授が、現在の産業界に鋭い目線を向けるビジネスパーソンを訪ね、これからの大阪大学のあり方を問う対談シリーズ「未来への対話」。今回は、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)を創業し、メガベンチャーへと育て上げられた南場智子さんにインタビューを実施。起業家、ベンチャーキャピタルの運営者、経団連の副会長など、さまざまな肩書を持つ南場さんならではの視点で、今の日本の大学やスタートアップが抱える課題、それらを突破する手立てなどを教えていただきました。

南場 智子 さん

株式会社ディー・エヌ・エー 代表取締役会長
株式会社デライト・ベンチャーズ マネージングパートナー
日本経済団体連合会副会長

1986年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。1990年、ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得し、1996年、マッキンゼーでパートナー(役員)に就任。1999年に株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)を設立し、現在は代表取締役会長を務める。2015年より横浜DeNAベイスターズオーナー。2019年に株式会社デライト・ベンチャーズ創業、マネージングパートナー就任。2021年に女性として初めての日本経済団体連合会副会長に就任。著書に『不格好経営』。

大企業を追い越していくアメリカと、大企業が居座り続ける日本。

南場智子会長

岡:今日は、ご多用の中お時間をいただきありがとうございます。南場さんがさまざまなメディアで発言されている様子を見て、今日はどんなご意見を頂戴できるだろう…と、ワクワクしながらやってまいりました。どうぞよろしくお願いいたします!

南場:よろしくお願いします。大阪大学にはね、言いたいことが色々とあるんですよ。

岡:はい、忌憚のないご意見をいただけますと幸いです。では早速、最初のご質問なんですけれども。1999年に、南場さんがDeNAを創業された当時と現在を比較した際に、スタートアップに求められる社会的役割や意義がどのように変化しているのでしょうか。

南場:スタートアップはイノベーションの担い手であるということが、科学的に認識されてきたと思います。例えばアメリカでは、一般企業と比較してスタートアップの方がGDPへの貢献度や企業価値が高いというデータが出ています。ヨーロッパでは、スタートアップの労働生産性が1.6倍高く、投資をしたときのイノベーションにつながる確率が9倍高いという分析も出ているんです。

岡:スタートアップの価値が、データとしても捉えられるようになっているんですね。

南場:データだけでなく、私たちの暮らしでも実感しているはずですよ。過去20年、30年でインパクトをもたらしたものって何だろうと振り返ってみると、インターネットやスマートフォンの登場。それによって、私たちの買い物の仕方も、旅行も、タクシーの拾い方も変わったでしょう。これらは、スタートアップが生み出したものが多くあり、特にVC-backed(ベンチャーキャピタルのサポートを受けている)の会社がつくっているんです。アメリカで過去設立50年以内の上場会社の企業価値を調べてみると75%がVC- backedで、25%がVC-nonbackedというデータがありますから。皆さんの身の回りにあるものを見渡してみると、あらゆるものがVC- backedのスタートアップが生み出しているものであることが分かると思います。

岡:私たちの暮らしやライフスタイル、社会を進化させているのはスタートアップなんですね。

南場:スタートアップエコシステムが、資本主義において最も優れたメカニズムとして有効だということが、論理的にも学術的にも明確に証明されるようになったこと。それが、私がDeNAを創業した当時に比べての進化だと思います。その一方でこの30年間、日本は全然成長していないんです。

岡:この30年での日本の競争力の低下は、内閣府が掲げる「スタートアップの現状と課題1」でも取り上げられていますね。

南場:アメリカを見てみると、その時代ごとに一挙に新しい企業が生まれて、時代が進めばそれを凌駕する企業が続々と誕生する。これを繰り返しているんですよ。だから、アメリカの企業価値トップ10の会社を見ていると、年齢の若い会社がどんどん上位にランクインしてきています。でも日本はどうですか?過去30年に生まれた会社がトップ10に入っていないんですよね。日本経済というのは、ずっと同じ人たちがトップを張っている。だから世界的なポジションを見ても、日本は右肩下がりなんです。

岡:先例を追い越していくアメリカと、天井が存在する日本。その成長幅には大きな違いが出てきそうです。

危機感を抱き、変わろうとする日本。 そこに、世界の目線が向き始めている。

岡堅太准教授

岡:南場さんは経団連の副会長としても活躍され、2022年に「スタートアップ躍進ビジョン 2」を提言されています。南場さんから見て、この先の日本の経済や産業界はどうなっていくと思われますか?

南場:政府もスタートアップが経済成長の一丁目一番地であることを認識して「スタートアップ5か年計画3」を打ち出していますよね。日本にスタートアップを生み育てるエコシステムを創出しようと、政府も本気になって動いているわけなんです。とてもいい状況だと思います。それに世界の投資の動きも、日本に目を向け始めている。「私たちは、スタートアップモストフレンドリーな国になる。だから日本に投資してくれ」と、政府も世界に向けて主張しています。

岡:今、円安や地政学を含め、日本に投資の追い風が吹いている状況なんですね。

南場:それに日本の宝は、治安の良さと、決めた物事が円滑に進むところにある。それは海外からも評価されていることなんです。円安という背景もあって、今、日本のスタートアップはお買い得になっている。今まで以上に、日本への投資は加速していくと思います。ただ、私が「スタートアップ躍進ビジョン」でも掲げているように、スタートアップの数や投資額を10倍に広げるだけでなく、ユニコーン企業を10倍にしていかないと。世界で大勝ちするプレーヤーが少ないんですよね。それはやっぱり、日本国内での成功というスモールスケールだけを見ているから。世界を見ている企業が圧倒的に少ないんです。
その背景には教育の問題があると思います。例えば、韓国ではスタートアップが世の中に対して示すドキュメンテーションが全て英語なんです。「海外の投資家さん、どうぞ来てください」っていう体制が整っているわけでしょ。そんな会社、日本にはほとんどない。日本は留学の数が増えていないし、世界に対して内向きになってしまっているんですよね。

岡堅太

世界にインパクトをもたらす発明は、大学や研究が起点にある。

岡:先ほど、「教育の問題」というお話がありましたが、この点をもう少し深ぼりしていきたいと思います。日本から世界を動かすスタートアップが続々と生まれ育っていくために、大学や研究機関はどのような役割を担うべきなのか。また、どのような可能性を持っているのか。南場さんのご意見をお聞かせいただけますか。

南場:世界に大勝ちしてデカコーンを輩出するためには、日本のユニークな強みが必要です。それが何かというと、研究開発の領域だと思います。領域によっては、世界を先駆けるような研究が日本にはいっぱいあります。スタートアップのテッペンを高くしていくためにも、研究をスタートアップに結びつけていくということが絶対必要なんですね。世界中の人々のライフスタイルに影響を与えるような日本発の発明やイノベーションがあるとすれば、それは大学や研究からではないでしょうか。

岡:大学や研究機関の取り組みが、世界にイノベーションを起こす出発点になると。

南場:ただ残念ながら、日本の一番の欠点は、大学とスタートアップが隔絶しているところなんです。アメリカの場合は、スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学、カーネギーメロン大学にしても、博士号を取得して起業した人材が山ほどいて、「誰に起業を促されたのか」と聞くと、多くの起業家が「教授だ」って言うんですよ。

岡:教授が、起業を勧めるんですね。

南場:本当は、教授が起業して研究を事業化させていきたいんだけど、立場的に難しいなという時に、起業して成功しそうな人に声をかけて研究を担当してもらい、教授はアドバイザーとしてフィーやエクイティ(株)をもらう。そんな起業スタイルが山ほどあるし、それが一般的です。ところが日本の場合は、博士号を目指す人は産業界に行きたいなんて言ってはいけないっていう暗黙のルールがありますよね?教授も、ゆくゆくはアカデミアから出ていく人を入れてもしょうがないと思っている。でもスタンフォード大学からすれば、「誰かに研究を担当してもらって起業し、社会実装して世界にイノベーションを起こしていく。それが大学の使命だろう」って言うんです。

岡:大学発スタートアップが生まれやすい環境なんですね。

南場:日本も、研究者を積極的に産業界へ行かせるような考え方にシフトしないといけないし、むしろ起業してまた研究に戻ってきた人がいたら、給料を上げて迎え入れるくらいの体制にしないといけない。これは、学生の就職活動にも言えることです。大学のミッションが何であるかを考え直し、既存のレールを見直すべきだと思います。

南場智子会長
岡堅太准教授

応用系の研究は、カスタマーディスカバリーをせよ!

岡:では、日本の大学や研究機関が、もっと起業や社会実装に目を向けて研究を推し進めていくために必要なことは何でしょうか?

南場:やっぱりその技術が、社会に求められる・使われるということが必要です。世界が注目する技術であれば、投資家から「買わせてください」と話を持ってきます。ではどうすれば、社会に求められる技術が生み出せるかと言うと、「カスタマーディスカバリー」が重要だと思います。いわゆる、市場調査なんですけど。アメリカの大学では、応用系の研究をしている人たちはみんな「カスタマーディスカバリー」に取り組んでいます。これに対して、国や大学からのグランツも出る。それをもとに、将来、この技術を使うであろうポテンシャルカスタマーのところへ行って、話を聞くのです。「今、作業にこれだけの時間がかかっているものが、短時間で済んだらどうですか」とか。「カスタマーディスカバリー」の何が素晴らしいかって、自分たちの意思で研究のピント外れを修正することができるんです。

岡:社会が本当に必要としているものを、届けることができる。

南場:先日、カーネギーメロン大学やマサチューセッツ工科大学出身で起業した人に話を聞きました。「あなたの事業に対して最もインパクトを与えた出来事は何ですか」と聞くと、「カスタマーディスカバリーだ」と答えたんですね。ポテンシャルカスタマーのところへ話を聞きに行ったら、「自分たちがつくろうとしていた技術やモノが、ピント外れだったことが分かりました」と。そんなこと、日本ではやらないですよね。でもこうした活動から、社会実装への確度やスピードが高まっていくんだと思います。

岡:南場さんはデライト・ベンチャーズを創業され、起業家を支えながら世界にイノベーションを起こす事業の創出を手がけていらっしゃいます。大阪大学をはじめ、日本には数々の大学系VCがありますが、南場さんから見て大学系VCの動きをどのようにご覧になっていますか?

南場:例えば国立大学のVCだと、国立大学のテクノロジーを用いたスタートアップにしか出資できないところが多いはず。私立大学にも、個人にも出せない。私から言わせれば、それだと一人前のVCになれるわけがありません。VCの本来的な役割で話せば、大阪大学だけでなく他の国立大や私立大学にも目を向けて、シーズを探さないといけない。

岡:大学をセグメントせずに、VC側からシーズを見つけに行くと。

南場:今は、相談があったら受けますよと、VC側が待ち構えてしまっていますよね。それにもう一つ課題だと思っているのは、VCにいる人は金融出身が多く、博士号を取得した研究者が少ないんですよ。例えば「核融合」と言っても、核融合にもいろんな技術があるし、論文もたくさん出ているわけですから、それらを全部理解できて、論文も読める人じゃないと、核融合の技術に出資するなんてできないじゃないですか。

岡:VCと言いつつ、本来のVCの意義や役割からすると、改善の必要があるということですね。

南場智子会長

東京以外の地域は、テーマを絞ったメッカ化を。

岡:最後のご質問なんですが。やはり東京に比べて、大阪をはじめとする地域は、スタートアップの勢いが弱いというのが実際のところだと思います。これに対して、東京以外の地方にある大学や大学発スタートアップの可能性について、南場さんのご意見をお聞かせいただけますか?

南場:東京の場合は、世界との競争力という点でも、ジェネラリストなキャリアであることが大事です。でも大阪は、東京に比べると格段に規模が小さいじゃないですか。ならば、テーマに絞ったメッカ化をやらなきゃいけないんですよね。世界で勝てる領域を見つけて、世界中から研究者を集めて、世界のVCに目を向けさせる。具体的には、テーマを一つに絞ってオンラインでシンポジウムを開くだけでなく、フルタイムのポジションとして、世界中の大学から研究チームをお招きして、その家族も日本に滞在できる環境を用意する。教授のパートナーが集うコミュニティづくりとか、帰国子女のお子様がいる方には学校を紹介したりとか、家族が病気になった時に頼れるドクターを繋ぐとか。

岡:ただシンポジウムを開くだけでなく、世界から教授や研究者が来日された時のケアや、そのご家族へのフォローなど、そんな細やかなところまでサポートするんですね。

南場:そういうことを地道にやることで、メッカはできていくんですよ。それに、大阪だと京都が近いでしょ。海外の方にとって、京都というのは特別なパワーを持つんですよ。その地の利を生かしてほしいですね。

岡:今日は、大阪大学をはじめ、日本の大学やスタートアップが抱える課題を多角的に見つめながら、それらを突破する道筋を示していただきました。本当にありがとうございました。

左:DeNA南場智子会長 右:岡堅太准教授
岡堅太 准教授

Interview:
大阪大学 ブランド戦略本部
岡堅太准教授


Interview / Writing / Photo: Dialogue Staff

  1. 出典:内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局「スタートアッフ・エコシステムの現状と課題↩︎
  2. 出典:日本経済団体連合会「スタートアップ躍進ビジョン↩︎
  3. 出典:経済産業省「スタートアップ5か年計画↩︎