~第一回~「未来への対話」問いから見出す、大阪大学の未来 “UTEC CEO郷治友孝さん” に “大学発スタートアップ” を問う!
ブランディングの専門家、またアートディレクターとして、大阪大学のブランド戦略を先導する大阪大学の岡堅太准教授が、現在の産業界に鋭い目線を向けるビジネスパーソンを訪ね、これからの大阪大学のあり方を問う対談シリーズ「未来への対話」。今回は、大学発スタートアップの支援・発展に尽力するベンチャーキャピタル・株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)のCEO、郷治 友孝さんにインタビューを実施。日本社会におけるスタートアップの現在地、社会実装を実現した上で、ビジネスとしても成果を上げる研究の特徴などについて、さまざまな観点からお話をうかがいました。
郷治 友孝さん
株式会社東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)共同創業者・代表取締役社長CEO/マネージングパートナー
1996年、東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省し、『投資事業有限責任組合法』(1998年制定)を起草。2003年、米国スタンフォード大学経営学修士課程(MBA)を修了したのちに退省し、2004年にUTECを共同創業。以来、数多くのベンチャーキャピタルファンドの設立・運営を担い、約40社をM&Aや株式上場に導いた実績を持つ。
日本のスタートアップを取り巻く環境は、まだまだ発展途上。
岡:今回は、対談シリーズ「未来への対話」の記念すべき第1回目。東京大学が展開する研究をシーズとして、数々の大学発スタートアップの立ち上げ、支援に尽力されてきた郷治さんからお話が聞けるということで、とても楽しみにしてきました。
郷治:UTECは東京大学を活動の基軸にはしていますが、大阪大学とも多方面でつながらせていただいているので、私自身も今回の対談を楽しみにしていました。
岡:ありがとうございます。今回は「大学発スタートアップ」をキーワードにお話をうかがいたいと思っていまして。そのスタートアップという概念が日本で広がり始めたのは、いつごろからなのでしょうか?
郷治:つい最近までは、スタートアップというよりベンチャー企業という言葉が使われることの方が多かったですが、1998年に『投資事業有限責任組合法』という、ベンチャー企業に投資をするベンチャーキャピタルのファンドに関する法律が成立した頃からでしょうか。私は通産省時代にこの法律の策定に関わりました。
岡:『投資事業有限責任組合法』とは、どういった法律なんでしょうか?
郷治:平たく言うと、ベンチャーファンドに投資する投資家の法的な責任やリスクを下げるための法律です。事業というものは、成功する可能性も、失敗する可能性もはらんでいます。『投資事業有限責任組合法』の成立以前は、ベンチャーファンドの投資の失敗に伴う責任を投資家が法的には無限に負わなければならなかったんです。この法律は、その範囲を出資額限りの有限に狭めるもの。投資家の責任を限定することで、スタートアップなどの新規性の高い事業にも、積極的な投資が行われる状況を生み出すことが狙いでした。
岡:なるほど。この法律によって、スタートアップへの投資が活発化し始めたと。
郷治:とはいっても、施行直後はイグジット間近の低リスクなスタートアップ企業にばかり投資が集まっていました。ただ、この法律を通して実現したかったのは、技術シーズなどをもとに全く新しいビジネスを展開していくようなスタートアップの活性化。実際には理想通りの変化がなかなか起こらず悩んだ結果、「自分がベンチャーキャピタル側に回るしかないんじゃないか」と思うようになりました。
岡:変わらないなら、自分で変えようと。
郷治:そこで2004年、東京大学と連携するUTECの創業に参画することを決め、退官しました。当時は、新しい技術、サイエンスを基に起業するスタートアップにもっと資金を供給しなければならない、という想いに突き動かされていましたね。
岡:『投資事業有限責任組合法』の成立から四半世紀。スタートアップという言葉もずいぶん一般的になり、岸田内閣が2022年を「スタートアップ創出元年」と設定する1など、国を挙げてスタートアップ企業の活性化を促しているようにも見えますが、近年の日本の状況をどのようにご覧になっていますか?
郷治:以前と比べればスタートアップに注目する投資家も増えていますし、全体を見れば追い風が吹いている状況だと思います。ただ、それでもまだまだ、時間がかかるディープテック系のスタートアップには、十分な資金が向かっていない印象ですね。
岡:郷治さんご自身はこれまで、ディープテックやバイオサイエンス関連のスタートアップを中心に、支援を行なわれていますよね?
郷治:はい。大学発スタートアップが手掛けるディープテックやサイエンスは、ビジネスとして成立するまでに時間がかかりますから、なかなか手を出せない投資家の気持ちはわかります。けれども、まだどこにもない技術、サイエンスだからこそ、成功したとき世界に与えられるインパクトも大きい。それこそが、大学発スタートアップの存在意義のひとつだと思うんです。個人的には長い目で見た時の意味や意義、可能性に投資をする機運が、日本でももっと強まることを期待しています。
成功のカギは、研究力とチーム力、世界を見据える広い視野。
岡:郷治さんはビジネスのシーズとなる研究や研究者をどういった基準で眺め、投資するか・しないかを判断されているんですか?
郷治:UTECには「優れたScience/Technologyであるか」、「強力なチームであるか」、「グローバルな市場や課題を見据えているか」、という判断基準があります。なかでもサイエンスや技術が優れているかどうか、はビジネスをスタートさせる前提条件となる大事な部分ですね。
岡:そもそも、研究成果が突出していなければ、郷治さんがおっしゃるような世界を変えるような事業にも発展していきませんよね。
郷治:最近は「大学発スタートアップ」という言葉が、一人歩きをしてしまっている感じもあって。「起業したい」という志を持つ研究者の方が増えたのは喜ばしいことかもしれませんが、それ以前に、そもそも研究者の方には、一流の研究を志していただきたいのですよ。
岡:UTECの東京大学未来社会協創基金の応募条件に「基礎研究を重視し、短期的な実用化や商用化の可能性は求めない」2という一文があるのは、研究者には目先のことにとらわれずに基礎的な研究に打ち込んでほしいという想いの表れなのですね。
「強いチーム」についてはいかがでしょうか?
郷治:日本の大学発スタートアップでよくみられる、研究と経営をひとりで担うということは難しいと思います。餅は餅屋じゃないですが、研究をビジネスとしてスケールさせる手腕をもった経営者と、どこまでも深くテクノロジーやサイエンスを追える研究者や技術者がペアになってこそ、強いチーム力は生まれると考えています。UTECではそういった人材の引き合わせのところからスタートアップを支援することもあるんですよ。研究者に経営者を、経営者に研究者を紹介して、チーム作りの協力をしたりしています。
岡:資金だけでなく、人材までサポートされているとは……。思っていたより、人と人同士の関係性を大切に支援を行なわれている点に、驚いています。
郷治:資金を提供するだけが、投資ではありませんから。寄り添って、伴走して、同じゴールを共にめざす、人間くさい仕事です(笑)。チームづくりにあたって、近年は外国籍のメンバーを招くことも大切にしています。これは、日本国内のみならず海外に進出したり、海外の企業からM&Aされたり、というイグジットを見据えての対応。3つめの投資戦略であるグローバルな市場や課題、という軸にも則った考え方です。
岡:実は先日、大阪大学発のスタートアップであるナノフォトン株式会社が、アメリカの科学機器、分析機器メーカーであるブルカー社にM&Aされた3ばかりで。上場だけが、スタートアップのゴールではなくなってきている、スタートアップの可能性は世界中に広がっているんだ、と強く感じた出来事でした。
郷治:そうなんです。上場だけをゴールに据えてしまうと、小さくまとまってしまいがち。東証マザーズ市場ができてから、スタートアップはそれ以前より上場しやすくなり、投資家も資金の回収が行いやすくなりました。結果として投資は活発化したものの、上場を達成した後に伸び悩むスタートアップが増えてしまっているのも事実です。
岡:研究は深く、チームは多様に、視野を広くもって前進し続けることが大切なんですね。実際にこの3つの軸を保ち続けたことで、ビジネスがスケールしたという事例があれば、教えていただけますか?
郷治:UTECが投資をしていたオリシロジェノミクス株式会社がモデルナに買収された事例が、それにあたると思います。モデルナといえば、新型コロナウイルスのワクチンなども手掛けていた、超巨大バイオテクノロジー企業。そういった企業の目に留まったのは、オリシロジェノミクスのサイエンスが優れていたから。そして、会社の現在だけではなく未来を考えてチームビルディングする視座を持っていたからだと思っています。
世界を変えるスタートアップは、「母数と継続」から生まれる
郷治:「世界を変える」「真理を探究する」。研究から始まるスタートアップの事業の根底には、やはりこういった大きなビジョンがないといけません。商業化を目的に、研究よりビジネスを優先させてしまったスタートアップは、大抵の場合スケールしないんです。
岡:ある意味、商業化、ビジネス展開を度外視して、研究に没頭することが大事なんですね。
郷治:研究の過程で社会実装の可能性を見出し、自身もビジネス方面に視野を広げながら前進する、という研究者が増えるのは素晴らしいことです。ただそれは、研究者として高い成果を挙げることが大前提。研究を始める動機そのものが「事業化」となってしまうと、当たり前の枠に収まるような成果しか得られなくなり、そこから生まれる事業も、社会的にあまり大きな変化を起こせるものにはならないのではないかと考えているんです。
岡:世界に大きなインパクトを与えるビジネスを生みだすために、まずは研究者が思う存分真理を探究し、ユニークで価値のある研究成果を上げることが大切だと。
郷治:UTECが掲げる3つの軸のうち「優れた」技術という部分を磨いていく感覚ですね。
岡:郷治さんから見て、大阪大学はこの流れを汲みながら、価値あるスタートアップ企業を輩出していける状態にあるでしょうか?
郷治:ナノフォトンのように、すでに海外の企業にM&Aされたスタートアップを生み出した実績がありますし、大阪大学の有する可能性は非常に大きいと感じています。今後は、その実績を生み出したスキームやノウハウを大学内で広く共有していくことが重要になっていくのではないでしょうか。
岡:スタートアップの立ち上げとスケールに向けた動きを、学内で広げていくと。
郷治:何千という研究のなかから選び抜かれたテクノロジーやサイエンスがシーズとなり、スタートアップが生まれて、ビジネスとしてスケールしていく。成功を収める大学発スタートアップをいくつも育てていくためには、数々の研究から事業につながりそうなシーズを目利きする力も大事ですから。土台となる研究活動を強化しつつ、それを見る目を大学全体で育てていく、といった動きが必要になってくると思います。
岡:ビジネスと研究、両軸で目利きを行えるUTECさんのようなパートナーとチームを組むことも、有効そうですね。
郷治:ありがとうございます。大学内部の研究力を育てつつ、UTECと東京大学のように、信頼をおける外部組織とタッグを汲み、一緒に走りながらシーズを育てていくことも大事です。スタートアップに限らず、ゲームチェンジャーを生み出す唯一の方法は、挑戦する母数を増やし、挑戦を継続していくこと。道のりは長くとも、プレーヤーが増えることで多様性が広がり、競争による成長が促されます。未来のTOYOTAやSONYになるような企業は、そういった流れの中でこそ、生まれてくるのではないでしょうか。
岡:今日は大阪大学の未来にとって、非常に有益なお話を聞かせていただくことができました。本当に、ありがとうございました!
Interview:
大阪大学 ブランド戦略本部
岡堅太准教授
Interview / Writing / Photo: Dialogue Staff
- 出典:内閣官房「スタートアップ育成5か年計画」 ↩︎
- 出典:東京大学「UTEC-UTokyo FSI Research Grant Program」 ↩︎
- 出典:大阪大学「大阪大学発ベンチャー ナノフォトン株式会社の株式売却に関するお知らせ」 ↩︎