次世代エネルギーの枠を超え、「レーザー核融合研究」が世界に与えるインパクト。

Science & Technology / 科学技術

2022年12月13日。
アメリカエネルギー省の発表が、世界に衝撃を与えた。
発表されたのは、ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)が、「レーザーによる核融合点火・燃焼」に成功したというニュース。

核融合点火とは、「核融合のために使ったレーザーエネルギーよりも、多くのエネルギーを生成した」ことを意味する。
つまりこの日、フュージョンエネルギーという次世代エネルギーの実現に向けて、大きなブレイクスルーが起きたということなのだ。

長年「実用化まであと30年」と言われてきたレーザー核融合。
しかし、肝心の核融合点火に至らず「永遠の30年」と揶揄される分野でもあった。
この課題を乗り越えた今、レーザー核融合に関する研究は「最後の30年」に向けた一歩を踏み出したといえる。

世界中が注目し、投資も大きく動き出しているレーザーフュージョンエネルギー。
この技術がつくりだす未来は、私たちの生活に与える影響はどこまで広がるのか。
大阪大学 レーザー科学研究所の、兒玉了祐所長に話を聞いた。

大阪大学 レーザー科学研究所 兒玉了祐所長

核融合とは、より安全で持続可能性の高い「地上の太陽」

 長年、夢のエネルギーとして語られてきた「核融合」。言葉としては知っているけれど……という方も多いだろう。原子力発電所などで行われている「核分裂」とは、その名の通り、ウランなどの大きな原子核を分裂させることによって、多くのエネルギーを抽出する技術だ。核融合はその逆で、原子核を融合させることでエネルギーを得る。太陽で起き続けている現象とほぼ同じであるため、核融合は「地上に太陽をつくる技術」と例えられることも多い。

 実用化されている核分裂と比べ、核融合は持続可能性と安全性において優れているとされる1。核分裂は、エネルギー抽出の過程で多くの放射性廃棄物を出す。また、原料となるウランも有限の資源だ。一方核融合の原料は、海中からほぼ無限に得ることができる。また、何らかの原因で制御を失った場合も、反応が続いてしまう核分裂と違い、核融合反応は燃料や電源を切ればすぐに停止する性質を持つ。こういった特性から、核融合は核分裂より安全で、持続可能性が高いエネルギー生産技術だとされてきた。
 一見、非の打ちどころがないように見える、核融合によるエネルギー生産。世界中の研究者たちは早くからこの技術の可能性に着目し、1920年代から研究を進めてきた。しかし、核融合発電は、100年たった今もまだ実現していない。実現を阻んだ壁のひとつに、核融合を実現させるために欠かせない「プラズマ制御の難しさ」がある。
 原子は、単に近づけただけでは反発し合い、融合しない。融合させるには、たくさんの原子が、長い時間、高い温度でぶつかり合い続ける必要がある。核融合では材料を超高温下に置き、プラズマ状態にしてぶつけ合う。しかしプラズマ=原子が電子とイオンに分離し、超高速で動いている状態であるため、制御が難しい。これらをぎゅっと閉じ込めて融合を促す技術が、核融合の実現に向けては必要不可欠なのだ。
 この「閉じ込め方式」によって、核融合研究は大きく2種類に分けられる。ひとつは、磁場を使って長い時間比較的薄いプラズマを同じところに留める「磁場閉じ込め方式」。もうひとつが、瞬間的であるが、高い圧力によって非常に高い高密度のプラズマを狭い領域に閉じ込める「慣性閉じ込め方式」だ。後者のうち、レーザー光線によって圧力を与える方法が「レーザー核融合」と呼ばれており、阪大のレーザー科学研究所でも、この方式をメインに研究を進めている。

なぜ今、世界中で「核融合ブーム」が起こっているのか

 核融合が未来を担うエネルギー供給技術であり、その実現は各国の研究者の悲願であることが理解できた。しかしなぜ今になって、100年前から提唱されている技術、まだ実用化に成功したわけではない技術に、世界中が熱狂しているのだろう。
 実は、LLNLによる核融合点火は文部科学省が設定する「核融合の3つのマイルストーン」の第一段階である最初の一歩を踏み込んだに過ぎない2。にもかかわらず、経済誌はこぞってレーザー核融合に関する記事を掲載し、レーザー核融合技術の研究・実用化をめざす各種ベンチャーには多くの投資が集まっている。文部科学省も、核融合発電に向けた技術開発に取り組むスタートアップ支援プロジェクトを立ち上げ、革新的な技術を持つ企業向けに設けた1000億円基金から予算を拠出している3。研究・教育分野だけならまだしも、産業界でもこのブレイクスルーが大きな話題となっているのだ。
 「点火に成功」というLLNLの成功が取り沙汰される理由、「レーザー核融合」というキーワードが野火のように世界に広がった理由を兒玉所長に尋ねると、所長は2022年にバイデン-ハリス政権が発表したレポート4の一節、「Net-Zero Game Changers Initiative」を提示してくれた。
 「これは持続可能な社会の実現をめざし、2050年までにアメリカが優先すべき5つの事項をまとめたもの。①建造物の効率的な冷暖房、②ネットゼロの航空産業、③ネットゼロの送電網と電力供給、④ネットゼロ循環型経済のための工業製品と燃料。ここまでは、炭素排出量を正味ゼロにすることをめざしていくという、ごくマイルドな声明です。注目すべきは5つ目の⑤「大規模核融合エネルギー」という言葉。他の4つと比べると、この目標だけ具体性が非常に高く、レイヤーが異なっていることが分かります」と兒玉所長。レポートはこの項目に対して「核融合は発電をはるかに超える影響を与える可能性がある」「経済競争力の中核であり、経済全体のイノベーションを可能にする」という展望を、語っている。
 世界を牽引するアメリカのリーダーが、ここまで明確に核融合の重要性に言及し、経済や産業に対する影響について示したからこそ、大きな資金が核融合に向けて動いているという訳だ。しかし一般的なイメージは、「核融合=未来のエネルギー」というところに留まっている。この技術が「発電をはるかに超える影響を与える」とは、どういうことなのか。「この考え方は、核融合が、あらゆる知を統合することで実現する“総合技術”である、という事実から導き出されています」と兒玉所長は続ける。

あらゆる分野の活性化につながる、“総合技術”としての核融合

 「レーザー科学研究所は、世界でも有数の高出力レーザーを有しています。これは、どこかに売っているような機器ではありません。物理学、材料工学、デバイス工学、システム工学など、ありとあらゆる知を結集させて、いちから造りあげた機器なんです。今後は、さらに最先端のロボテイックスや情報技術、量子技術などさまざまな分野の研究者、企業が関わって、技術の忰を結集させて実現する。それがレーザー核融合です。大きな目標に向かう過程で、通り道になった分野全体の技術力をベースアップしていける研究目標だと言えるでしょう」と兒玉所長は語る。アメリカが核融合を「経済競争力の中核」と位置付けるのは、こういった多分野に波及する影響力を見越してのことだという。
 「核融合点火」という大きなブレイクスルーにおいて、日本はアメリカに先を越された、という見方もあるかもしれない。しかしレーザー科学研究所では、すでに「効率」と「繰り返し」をテーマに、レーザー核融合の実用化を見据えた次なるステップに、踏み出している。「核融合点火を実現したLLNLのレーザーは、現状1日に1回しかレーザーを打てませんし、その度に膨大なエネルギーを使用します。一方私たちが今めざしているのは、1秒間に100回打てるレーザー、LLNLよりエネルギー効率が10倍以上高いレーザーの実現です」と、兒玉所長は意気込む。レーザーフュージョンエネルギーとは、車のエンジンのようなもの。燃料を入れて、爆発させ、ピストンが回る。これを繰り返すことで車が動く。点火が実現し、業界が盛り上がりを見せていると言っても、現状、まだエンジンは1日に1回転しかしていない状況なのだ。物理学的な観点からは、1秒間に数回レーザーを打てれば十分という指標が示されており、それが世界中の研究機関の目標値になっている。しかし実用化をめざすなら、理論値よりも多い連続照射回数を実現できる最高性能を有して、それより低い回転数で定常かつ安定な運転を行うということができなければいけない。だからこそ研究所では、今後一番の壁になるであろう「効率」と「繰り返し」を、先んじでクリアしようとしている。

大型レーザーで極限状態を創り出す 実験チェンバ―

繰り返し打てる。精密に制御できる。阪大のレーザーが、世界に与えるインパクトとは?

 高出力なレーザーを繰り返し打てる性能と、高精細にレーザーをコントロールする技術。実は研究所が培ってきたこれらの技術は、レーザー核融合以外の領域にも、幅広く転用できるものなのだという。
 「特に興味を持って進めているのが、スペースデブリの除去にレーザーを使うという技術開発です」と兒玉所長。スペースデブリとは、地上1000kmあたりに浮いている「宇宙ゴミ」のこと。衝突事故などの原因になるため、環境省もその除去の必要性を訴え、デブリ対策のための検討チームを設置している5
 現状、デブリの除去方法として検討されているのは、網で捕獲する、人工衛星からレーザーを照射して軌道を変えるなどの対策だ。しかし、網で捕獲できるのは10cm以上のゴミ、人工衛星に搭載したレーザーの出力でアプローチできるのは1cm以下のゴミだけ。スペースデブリの90%は1cm以上、10cm以下であるため、従来の方法では90%のゴミにアプローチすることができない。そこで持ち上がったのが、地上から強力なレーザーを当てるという方法。「私たちはレーザー核融合炉内のプラズマを制御するために、10m先の物質に数μmの誤差でレーザーを当てる技術を実現しています。この技術を拡大転用すれば、1000km先にある10cmのものに、誤差10cmでレーザーを照射できる、という計算になるんです。また、宇宙のゴミは、レーザーで直接消滅するのではなく、レーザーの力で軌道を変え大気圏で消滅させます。この軌道を変えるのに繰り返してレーザーを照射する必要があり、繰り返しが低いと照射している間に上空から遥か彼方に行ってしまいます。ですから、より多く繰り返し照射できることは大変重要です。核融合炉の中でプラズマを制御し、繰り返しレーザーを打てる技術は、こういった分野においても生きるという訳です」と、兒玉所長は言う。核融合を目標にレーザー制御の技術を磨いていくことで、スペースデブリという世界的な問題への解決策が見えてきた、ということなのだ。
 兒玉所長は「高度なレーザー技術は、ものづくりのあり方も変えるかもしれない」と続ける。現在、10万気圧程度のレーザーはすでに産業化されており、金属をカットしたり、航空機の表面を硬くしたりする際に役立てられている。阪大のレーザーコントロール技術を使えば、ものづくりに用いるレーザーの圧力を、1000万気圧にまで高められる可能性がある、というのが兒玉所長の見解だ。
 通常、レーザーを当てて1000万気圧にすると物体の温度はすぐに上昇し、照射対象はプラズマになってしまう。しかし阪大ではレーザーを緻密にコントロールすることで、1000万気圧下においても、照射対象を固体に維持できる技術を開発できています。地球の中心圧力は、400万気圧程度。それを1000万気圧まで引き上げることができれば、ダイアより硬いスーパーダイアモンドなど、地上あるいは地球に存在しない物質を創造できるかもしれない。これが切削・加工などに使われるようになれば、ものづくりのあり方は必ず変化する。レーザーが生み出す圧力は、生産効率を飛躍的に上げ、大きな市場を開いていく可能性も秘めているのだ。
 しかし、レーザー科学研究所の目標は1000万気圧に留まらない。兒玉所長曰く、1億気圧も視野に入れて、レーザーコントロール技術を高めていく予定だ。「1億気圧という極限の環境をつくりだすことができれば、新たな形での量子の世界を観測できるかもしれません」と兒玉所長。レーザー技術を突き詰めることは、核融合や新物質の創造のみならず、物理学的な真理の探究にも、つながっていくのだ。

レーザー核融合実現の「過程」が、世界を次のフェーズへ導く。

 レーザー核融合に向けた技術が、宇宙空間や製造業界、量子の世界にまで広がりを見せることが分かった。しかしやはり気になるのは、少し先の未来でレーザー核融合によるエネルギー供給が実現するのかということ、また、それによって産業や社会にどんな変化が起きるのか、という点だ。そんな素朴な疑問に、「できるかどうか、というより、やるしかないんですよ」と兒玉所長は答える。「AI技術の発展、データ通信の増大によって、我々が使う電力は猛スピードで増加しています。2030年には現在の国内発電量の1.5倍、2050年には200倍もの電力が必要になると言われています6」。予測が正しければ、変化を下支えする次世代のエネルギー源が見つからない限り、文明の進歩自体が止まってしまうということなのだ。兒玉所長はこう続ける。「エネルギー革命と産業革命は、常に対になって起こるもの。人類が最初に得たエネルギーは“火”。先人たちは森林を伐採して、火というエネルギーを礎に発展してきました。その後、エネルギーは“石炭と蒸気”にとって代わります。第一次エネルギー革命ですね。同時に、第一次産業革命がイギリスで起こりました。最初の産業革命がイギリスで起こったのは偶然ではありません。森林を伐採し尽くして、新たなエネルギーを得るしかない状況が技術革新を促したと、私は考えているんです」。
 火から石炭、石油、原子力とエネルギー課題が持ち上がるたびに、新しい道筋を見出してきた人類。核融合は確かに、第4のエネルギー源に当てはまるのかもしれない。「2022年に起こったレーザー核融合による点火。これを私は、ライト兄弟がつくった飛行機が10秒ほど飛んだ、という地点だと思っています。その時は世界中の誰も、数十年後に何百人もの乗客を乗せて空を飛ぶ飛行機が実現すると思っていなかった。でもブレイクスルーが起きると、その技術を研究する人が増える。需要の形が多様化していく。そうすると、技術の進歩が加速度的に早まっていくはずです」と、兒玉所長は期待を膨らます。
 核融合というテーマを世界的に見れば、点火を実現したアメリカや、代替エネルギー開発で世界を牽引するフランスの存在が目立っている。最後に、世界の中で阪大はどのような立ち位置から開発を押し進めていくべきかを尋ねた。
 「繰り返し打てるレーザーを実現するために、我々は日本の建材メーカーにしか作れない特殊なセラミックを使っています。また、レーザー核融合を実現するためには、日本の強みである半導体レーザーが必要不可欠です。総合技術たるレーザー核融合だからこそ、日本ならではの材料や技術があちこちに散りばめられている。先ほど話したように、宇宙だったり産業だったり、レーザーをテーマにすれば、ありとあらゆる分野の研究者や技術者とつながれます。この利点を活かして、レーザー核融合という共通ゴールに向かう道すがら、日本の産業や経済を底上げしていきたいですね」。所長が言うように、レーザー核融合はあくまでひとつのアウトプット。核融合という山頂をめざす道中で、新たな発見や革新が起きていく。単なるエネルギー源としてではなく、世界を次のフェーズに押し上げていくための技術革新の原動力として、レーザー核融合の今後を見つめていきたい。

  1. 出典:文部科学省「核融合エネルギーを理解する10のキーワード↩︎
  2. 出典:文部科学省「核融合エネルギー研究開発の段階(核融合の3つのマイルストーン)↩︎
  3. 出典:文科省、核融合発電スタートアップの支援を開始 第1弾 ↩︎
  4. 出典:THE WHITE HOUSE「U.S. INNOVATION TO MEET 2050 CLIMATE GOALS↩︎
  5. 出典:環境省 eco scope「スペースデブリ↩︎
  6. 出典:国立研究開発法人科学技術振興機構低炭素社会戦略センター(2019)
    情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響(Vol.1)―IT機器の消費電力の現状と将来予測―↩︎

Interviewee: 大阪大学 レーザー科学研究所 兒玉了祐所長
Interview / Writing / Photo: Dialogue Staff